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野菜が持っている力を最大限に引き出す! “畑まるごと堆肥化農法”とは?

化石燃料や農薬、肥料を極力使わず、自然に存在する肥料分を活かして健康な生き物を育てる「里山資本主義的な農業」。今回は、"畑まるごと堆肥化"を実践していた農家の実例を紹介しよう。これからの農業の在り方について、地域エコノミストの藻谷浩介氏が説くコラム。

無農薬栽培にこだわり
多くの後進を育てた「天才」

「おいしい野菜を育てるとは、健康な野菜を育てること」という信念のもと、無農薬栽培に取り組む農家がいた。”いた”と言うのは、2017年の11月にお亡くなりになられてしまったからである。高知県の山間地帯・本山町にある山下農園で”超自然農法”を実践した、山下一穂さんだ。

団塊世代の山下さんは、上京してバンドマンをしていたが、高知に帰郷して市内で学習塾を経営し、ふぞろいの子供たちがそれぞれ持つ個性を、伸ばす面白さに目覚めた。中年になってから県北の山間部で農業を始め、年と季節によって違う天候に応じ、野菜それぞれの個性を伸ばして育てる栽培法を独創。農薬を一切使わず、おいしく健康に育てた野菜を地元のみならず全国に販売することで、高収益を実現した。

専業農家として成功しただけでなく、「土佐自然塾」を主催して独自開発した手法を惜しみなく教え広め、島根県西部高津川流域でも有志の設立した「有機のがっこう」の校長となり、多くの後進を育てた。


最適な土づくりを実現した
野菜に一切虫食いがない”農法”

山下さんの”超自然農法”は、哲学に凝り固まった有機農業ではない。窒素肥料(無機肥料)を、必要に応じて適量施すこともあるからだ。マルチ(畑の表面を覆うポリエチレンシート)も、耕うん機も、必要に応じて使う。しかし農薬は一切用いず、その他の肥料も使わない。堆肥もハウスも使わず、最適な土づくりを実現した。

そして何よりも、普通の有機農業との最大の違いは、雑草取りや害虫駆除の手間を最小限に抑えているのに、育てた野菜に一切虫食いがないことだ。健康志向と無縁の、見かけの良さだけで判断する人でも、農薬で虫を徹底的に殺して育てた野菜や、無菌状態の「植物工場」産の野菜よりも、迷わず山下農園の丸々、青々した野菜を選ぶだろう。

虫がつかないのは、「野菜が健康に育つことで、本来持っている害虫への抵抗力を発揮する」からだという。野菜の横に、その野菜につく特定の害虫をより強く引き寄せる特定の雑草を添え植えする場合もある。薬漬けの人よりも薬に無縁の人の方が健康であるように、「無農薬で健康に育った野菜の方が、人間も食べておいしく感じる」そうだ。そのため、値段も高く売れる。つまり彼の農法は、野菜にも消費者にも、そして生産者にもやせ我慢を求めない。健康に伸び伸び育て、育ち、食べることが、全員の幸せになるのである。


“畑まるごと堆肥化”で
野菜の力を最大限引き出す

そのような「三方良し」を実現するカギが、”畑まるごと堆肥化”というノウハウだ。一言でいえば、計画的に生やした雑草や、収穫後に残る根・葉・茎を土に漉き込み、しかるべき時間を寝かせることで、次に育てる野菜の肥料として活用するという手法である。

そもそも植物には、太陽光を受けて栄養分を生産する能力がある。デンプン生産は共通の能力だが、他にも種類に応じてそれぞれ微量な養分を合成している。そうした特性を理解し、異なった種類の野菜や雑草を輪作することで、次に栽培する野菜にとって適量の養分を含んだ土を用意できるのだ。

勘や経験だけに頼らず、土壌成分を科学的に分析して、季節も勘案しながら栽培サイクルを考えていく。窒素だけはどうしても消費されっ放しになるので、分析結果に応じて必要量を加える。このパターンの飽くなき工夫が、自他をして彼を「天才」と言わしめたところだ。

山下氏の手法は、優れた子育てにも似ている。育てられる側の性質の違いを受け入れ、無理にコントロールせず、子供なり野菜なりが生来持っている力を、最大限に引き出すための手伝いに徹する。学習塾経営者だった彼は、そのどちらもが性に合っていたのだろう。

土佐人らしく毎晩おいしく豪快に酒を飲み、病気もせず、ある朝突然に笑顔を浮かべて亡くなっておられたのだが、その後は奥様と息子さんがしっかり継いでいる。全国の教え子たちも、日々仲間を増やしている。


プロフィール

株式会社日本総合研究所

地域エコノミスト 藻谷浩介氏


株式会社日本総合研究所主席研究員。地域の特性を多面的に把握し、地域振興について全国で講演や面談を実施。主な著書に、『観光立国の正体』(新潮新書)、『日本の大問題』(中央公論社)『里山資本主義』(KADOKAWA)など多数。


AGRI JOURNAL vol.12(2019年夏号)より転載

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