新規就農への壁・低賃金・イメージに立ち向かう! 23歳実業家が起こす新しい風
2021/06/28
農業人口の減少や高齢化をはじめ、問題が山積する農業界。今回スポットを当てる若き実業家、樋泉侑弥さんは、まるで“一筋の光”のように、農業界に希望をもたらす存在だ。
「地元を盛り上げたい」を
カタチにした事業
山梨県南アルプス市を拠点とする企業「Bonchi」。オンラインストアで地域の果物を販売する一方、農業家の育成事業を手がけるユニークな会社だ。代表を務めるのは、南アルプス市出身の樋泉侑弥さん。現在23歳の若き実業家である樋泉さんに、「Bonchi」を立ち上げたきっかけを聞いた。
「『Bonchi』は、僕の幼なじみである四ノ宮と立ち上げた会社です。およそ3年前、2人で『山梨を盛り上げる事業をやろう』と話し合い、一緒に起業することに決めました。それから事業の具体的な方向性などを考えた時、真っ先に頭に浮かんだのが、山梨で生産される良質な果物の存在です。良質な果物は、山梨の大きな強み。これを全面的に打ち出す事業として、果物のオンライン販売を思いつきました」。
まずは、首都圏在住の友人・知人などを対象に、テスト販売を開始。そこで得た反響は、想像を大きく超えるものだった。「こんなにおいしい果物、食べたことがない」「(今まで食べてきたものと)同じ果物とは思えない」といった、絶賛する声が相次いだという。
このテスト販売を実施したのは、2019年夏頃のこと。その後、「農家育成プログラム」の運用を新たな目標に掲げ、クラウドファンディングに挑戦したところ、大成功を収めた。2020年には、法人としての「Bonchi」を設立している。
「Bonchi」のECサイトで販売している果物。地元農家がこだわりをもって手がけた品が中心
まさに“トントン拍子”で目標を達成した2人。樋泉さんによると、この成功の背景には、社会課題に向き合い、解決しようとする姿勢があるという。
「農業人口の高齢化や減少は、日本各地で深刻化している問題です。この社会課題の解決に向けた取り組みが、多くの人から注目を集め、支持されるきっかけになったのではないでしょうか」と樋泉さんは話す。
若い果樹農家の
負担を軽減する仕組み
ただ、実際に新規就農者が果樹農家として経営を安定させるまでには、さまざまな問題が立ちはだかる。
「まず、資金面での問題があります。新機就農者に対しては国から補助金が支給されますが、経費や当面の生活費を考慮すると、決して十分な額とはいえません。それに、果樹の場合、苗を植えてから果実を収穫できるようになるまでには3〜4年かかります。その間、収入が見込めないとなれば、大きな負担を感じるのは当然です。また、周囲に若手の農家がおらず、気軽に悩みを相談できないことも、新規就農者にとっては負担となっています」と、樋泉さん。
こうした問題を軽減するため「Bonchi」で生まれたのが、農家の育成事業だ。現在「Bonchi」では、新規就農者に業務を委託し、給料をわたすシステムを採用している。新規就農者が自身の圃場に集中できるよう、委託する業務は、圃場での作業の合間にこなせるものが中心だ。また、「Bonchi」の業務を行っている新規就農者は、同社の社会保険に入ることもできる。
若手農家の負担を軽減するため、生まれたのが農家の育成事業。
さらに、この育成事業は、新規就農者の精神面でのサポートにもつながる。「育成事業に参加することで、『Bonchi』のスタッフをはじめとする若手の農業関係者とのつながりが生まれ、孤立を感じにくい環境に身を置くことができる」という。
ファーマーズファッションで
農業を“魅せる”仕事に
「Bonchi」のユニークな取り組みはまだまだある。同社は2021年5月、オリジナルのアパレルラインをリリース。コンセプトは“ファーマーズファッション”。街だけでなく畑でも身につけることを想定したデザインが施されている。
カジュアルでファニー、そしてキュートなアパレルは、農家のイメージを親しみやすいものにしてくれそうだ。でもなぜ、農業とは畑違いの分野である、アパレルに進出したのだろう?
「農業は『汚い』『カッコ悪い』というイメージが、世間ではまだ残っています。でも、プライドをもって作物を作っている農家の姿は、とてもカッコいいんです。世間のイメージと実際の姿には大きな差があり、それは本当にもったいないことだと思います。アパレルラインは、『農家のイメージを変えたい』という考えが起点となって生まれたもの。このアパレルを見た若い人が、農業に興味をもち、いいイメージを持ってくれたらと思います」。
「Bonchi」が手がけるアパレルライン。今後、さらにラインナップを増やしていくという。
農業においても、“魅せ方”が大切。ファッションやPRにも力を入れることで、農業のイメージはもっと良くなる—というのが、樋泉さんの考えだ。この考えが形成されるきっかけとなったのは、高校卒業後に経験したオーストラリア留学と「Apple Japan合同会社」での就業経験だという。
「農業大国でもあるオーストラリアでは、農作物がカッコよくPRされている様子を頻繁に目にしました。ビジュアルの使い方の上手さには、驚かされましたね。また、帰国後に入社した『Apple』も、PRやビジュアルの活用に長けた企業です。PRやビジュアルを通して、消費者に楽しくて有意義な時間を提供しようとする姿勢も、印象に残りました」。
農業を多角的な目線で見つめ、新しいアプローチをもって変えようとしている「Bonchi」。農業の未来を形づくるフロントランナーとなってくれるに違いない。
PROFILE
樋泉侑弥さん
1998年生まれ。山梨県南アルプス市出身。高校卒業後、オーストラリア・シドニーにおよそ2年間留学。帰国後、「Apple Japan合同会社」での勤務を経て、産直ECサイトの運営や農家の育成を行う「株式会社Bonchi」を立ち上げる。
※記事中の情報は取材時のものです。
取材・文:緒方佳子