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「この農家の和牛を食べたい」とファンが続出! 森川畜産のアニマルウェルフェアな農業

既存の飼養管理方法への疑問や限界を感じ、移住という選択をして、理想の牛飼いの姿を追求する肉牛農家が長崎県西海市にいる。彼らが追い求める姿とは何なのか、話を聞いた。

移住という決断から見出した
経産牛の可能性

現在、日本の畜産農家のおかれている状況は非常に深刻だ。生産に必要不可欠な資材が高騰し、経営の岐路に立たされている農家は少なくない。

このような状況の中、地域にある資源をふんだんに活用し、逆境を乗り越えようとしている肉牛農家がいる。それが長崎県西海市の森川畜産だ。経産牛とともに生きる独自の農場スタイルが、いま注目を浴びている。

森川畜産は長崎県にある和牛の繁殖農家だ。飼養管理頭数は、素牛30頭、子牛10頭ほどで地域の中では中程度の経営規模。肉牛のほかにも様々な動物を飼育し、水稲や野菜の栽培も行っている。

餌の配合をする森川薫さんと息子のねおさん

森川家がこの地にやってきたのは、3年前のことだ。当初は、平成27年に雲仙市で新規就農したが、その後西海市に牛とともに移住した。

就農のきっかけは、妻、奈保美さんのお父さんが家畜商を行っていたことが大きく影響している。父に連れられ九州各地の農業者を訪れる中で、和牛の飼養管理に興味を持った。夫、薫さんは大工として長年従事しており、これまで牛にさわったことすらなかったが、夫婦で畜産の世界に飛び込むと決めた。
 
「雲仙市で牛飼いをしている中で、たくさんの疑問が生まれました」と森川さんは振り返る。

「和牛の繁殖経営にあたり、家畜市場で牛を購入することもありましたが、はじめは取引価格が安価で価値の低いとされる牛しか買えず、周囲の農業者からは“あそこの農場はババ牛とボロ牛しかいない”とまで言われました。でも、だんだん“ババ牛”といわれる経産牛に愛情が湧くようになってきたんです。そうした経産牛の飼養管理を続ける中で、“一般的なブランド牛の価値はそんなに高いのか?”という疑問を持ち、“みんなが買わない牛を買ってみよう!”ということも考えるようになりました。実際に、経産牛を毎日見ていると“安定してお産も子育ても上手な経産牛が、なぜ市場では安価で取引されるのか?”という疑問は膨らむ一方でした。」

そのような疑問を抱える中、森川畜産に大きな転機が訪れる。

「牛舎内で牛を管理することにも違和感があったなか、繁殖が順調に進み既存の牛舎が手狭になってきました。そこで牛を連れて移住をすることを決めました。」

3年前、長崎県西海市に牛と共に移住するという決断をしたのだ。現在の牛舎を見つけたときは廃墟に近い状態であり、キャンプのような生活をしながら生活基盤を整えるなど苦労も多かった。一方で牛舎の周辺に点在していた耕作放棄地は、和牛の放牧地として活用できたことから、現在の“循環”を意識した農業の大きな助けとなった。

ここから森川畜産の新たな挑戦が始まった。



耕作放棄地、地域資源の活用による
持続可能な農業の確立

森川さんからあふれるエネルギーは、パソコンの画面越しからも伝わってくる。
森川畜産で現在取り組んでいることは、①耕作放棄地を活用した通年放牧、②食品ロスの有効活用、③食肉の直売だ。SNSによる積極的な情報発信により、森川さんの取り組みに共感したファンが全国各地から彼らを訪れる。

「和牛を放牧するスタイルは、西海市に来てはじめて実践しました。放牧は、簡単なように見えてとても難しいんです。まずは、牛を電柵に慣れさせることから始めました。初めの頃は、脱走させてしまうこともしばしば。でも、牛を毎日よく見ていると、群れの中でのリーダーの存在が重要な役割を担っていることがわかってきました。電柵に慣れている牛をリーダーとして、その牛の動きにほかの牛も付いていくように導くことで、耕作放棄地を活用した放牧スタイルが確立していきました。耕作放棄地には、人や重機が入ることが難しい場合も多いため、この放牧は、牛だからこそできる地域への貢献でもあると感じています。」

耕作放棄地に牛を放牧することで、牛をストレスフリーな状態で飼育できる。また、耕作放棄地の植物は牛の餌となり、自然と耕作放棄地の整備にもつながっていくのだ。

耕作放棄地を活用した放牧

また、「放牧によって再生した農地では、栽培期間中、農薬不使用で安心安全な野菜を育てることができる。」と森川さんは語る。

「耕作放棄地に生殖している植物は無農薬であるため、それらを食べて育つ牛たちのお肉は安心安全です。当然、彼女たちのフンやそれらからできた土壌で育った野菜や果物も無農薬の安心安全なものとなります。このように耕作放棄地を放牧によって再生することで安心安全な食べ物を生み出す循環を生むことができるのです。」

自然の循環を活かしたアニマルウェルフェアな農業がこの地では当たり前に行われているのである。

冒頭にも述べたが、飼料価格の高騰により、経営がひっ迫している畜産農家が後を絶たない。このような状況の中、森川畜産では、放牧に加え麹、大豆かす、米ぬか、ふすま、竹炭などの地域資源も有効活用している。麹を使用した飼料は、肉質の向上に加え、環境の好循環も生むと森川さんは語る。

「麴が作る大量の酵素は、消化を促進し、牛のふんの腐敗を軽減させます。さらに、そのフンで作った堆肥は作物の成長にも好影響を及ぼします。このように食品ロスを良質な飼料に変え、その飼料を含んだ牛のフンが堆肥となり作物の成長を助けるという資源の好循環が生まれているのです。」

地域資源を活用した経営形態は、各種物価の高騰の影響も受けにくい。これは森川畜産の持つ大きな強みだ。

地域資源を活用した飼料

放牧を中心とした経営は、資材代を節約できるだけではなく、地域とのつながりを持つきっかけにもなった。森川畜産の農場は、地域の“公園”の役割を成している。牛を見るために、地域の人が放牧地に集まってくるのだ。放牧場は、いまや地域には欠かせない癒しスポットになった。

森川さんは、「牛の一生を終える瞬間がわかる」と話す。遠くを見つめる経産牛、役目を果たしたというその雰囲気を感じ取ると、食肉センターに出荷を行う。まだまだ寿命のある元気な牛を出荷することはない(肉牛は通常2~3年での出荷が多いが、森川畜産では、15年ほど飼育した上で出荷する)。これが本当の意味での循環を目指す森川さんのやり方だ。

森川畜産の想いや食肉のその味を気に入ってくれた人たちが、通販や直売でお肉を購入する。「森川畜産のお肉なら食べたい」と、ファンになってくれる人たちが増えているという。

度重なる物価の高騰を受けて、新規就農者の自殺や自己破産も増えている。森川さん自身も、「既存のやり方で経営していたら自分たちもそうなっていたかもしれない」と話してくれた。

森川畜産の挑戦はこれからも続く。
「すべての動物を同じ空間で飼ってみたい。作物づくりも地域づくりも一緒に。」
目指すは映画「ビッグ・リトル・ファーム」のような農場だ。今後の取り組みにも目が離せない。

森川畜産で飼育している動物たち



 

DATA

長崎 森川畜産
長崎県西海市西彼町亀浦郷1161-1


文/西村華純

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