カーボンクレジットを農業で生み出す方法は? ビジネスチャンスとして「カーボン」の仕組みを捉える
2023/09/19
前編では、カーボンニュートラルとカーボンオフセットの考え方と、カーボンクレジットについて説明した。後半である本稿では、実際に農業におけるカーボンクレジット創出の方法と、今後の課題と展望について流通経済研究所・折笠俊輔氏が解説する。
▶︎前編『カーボン・オフセット? ニュートラル? クレジット? 農業者として知っておくべき用語を解説』はコチラ
カーボンクレジットを
農業で生み出す方法
カーボンクレジットは、前半でも説明したように、GHGの排出削減や吸収の取り組みを実施した場合と、実施しなかった場合を比較して、削減できたGHGの量をクレジットとして創出して、販売できる仕組みです。
このカーボンクレジットで、2023年現在、もっとも取り組みを行いやすく、創出したクレジットの販売が見込める制度が環境省、経済産業省、農林水産省によるJ-クレジット制度です。J-クレジット制度では、大きく、省エネ設備の導入、再生可能エネルギーの導入、適切な森林管理の3つに関係する取り組みについて、GHGの排出削減、吸収増加を認めています。
さらに、J-クレジット制度では、3つの分野の中で具体的な取組方法(やり方)を「方法論」として認定しています。基本的に、認定された方法論で取り組みを行わない限り、クレジットとして認められません。2023年6月末時点では、J-クレジット全体で71の方法論(やり方)が認められていますが、その中でも農林水産業で活用できる方法論について、農水省が「J-クレジットのすすめ」の中で紹介しています。
この方法論のうち、最も事例が多いのは、灯油焚暖房機や重油式の暖房機をヒートポンプや木質ペレット加温機などの省エネルギーや再生可能エネルギーに対応した機器に入れ替えることでのクレジット創出です。
暖房機に限らず、フォークリフトの電動化なども含め、このような「効率の良い設備の導入」や「再生可能エネルギーを使った設備の導入」によってカーボンクレジットを創出することが、現在、最も農林水産業で実施されている方法論でしょう。
これは、機器の入れ替えのタイミングなどに合わせれば、比較的取り組みしやすいと言えます。条件がそろえば、効率の良い設備等の導入に自治体等の補助金を利用できる可能性もあります。補助金制度などを上手に活用し、ローコストに現在の化石燃料で動く設備等を、高効率な設備やバイオマス燃料などの再生可能エネルギーを使った設備に入れ替えることで、削減できたGHG排出量のクレジットも創出でき、一石二鳥の取り組みとすることができるでしょう。
また、令和2年9月には、「バイオ炭の農地施用」に関する方法論が新たに策定されました。これは、農地にバイオ炭を施用することで、分解されにくい炭素を長期間の間、土壌に貯留することによる排出削減量をクレジットとして認証されるものです。ある意味で、農地でカーボンを貯めることで、クレジットを生み出せる方法論と言えます。もともと木炭は土壌改良剤としても使われる性質のものですので、当然、その農地で農業生産も可能です。このバイオ炭の方法論も、カーボンクレジットを創出しつつ、農産物を生産・販売できる意味では、一石二鳥の取り組みとして実施できる可能性があります。
さらに、令和5年3月には、「水稲栽培における中干し期間の延長」という方法論が新たに策定されました。これは、水稲の栽培期間中に水田の水を抜いて田面を乾かす「中干し」の実施期間を従来よりも延長することで、土壌からの CH4 排出量を抑制する排出削減活動を対象とするものです。こちらは、普段の営農の延長線上で取り組みがしやすい方法論と言えるかもしれません。
カーボンクレジットの
課題と展望
カーボンクレジットの仕組みの前提となるカーボンニュートラルの考え方には、クレジットを購入してGHGの排出を相殺できてしまうがゆえに、GHGの排出そのものを削減する取り組みには繋がらないのではないか、という課題があげられます。しかし、地球の環境全体を考えた場合には、カーボンオフセットの考え方は非常に重要です。世界的な動きとしても、カーボンクレジットのマーケットは今後も拡大していくことが見込まれます。
この流れは、農業生産者の皆様にとってのチャンスも含んでいます。環境対応やSDGsへの取り組みといったサステナブルな取組(持続可能性を高める取組)は、必要なことであるものの、対応するコストが課題になっていました。そのような取り組みを実施することで、カーボンクレジットを創出し、販売できるようになれば、対応コストを別の業界の企業から投資してもらえることになります。これは、大きなチャンスであると言えるでしょう。
また、J-クレジット制度で認められる方法論も、随時増えていくことが見込まれます。現在の方法論では取り組みが難しくても、取り組めるような方法論が、今後追加されるかもしれません。カーボンクレジットに興味のある方は、農水省のWEBサイトを見るだけでも良いので、定期的に農業におけるカーボンクレジットに関する情報収集してみてください。
新しい制度や仕組みがスタートするときには、多くのビジネスチャンスが眠っています。ぜひ、ビジネスチャンスとして「カーボン」に関する概念や仕組みをとらえてみてください。
教えてくれた人
公益財団法人 流通経済研究所
主席研究員
折笠俊輔さん
小売業の購買履歴データ分析、農産物の流通・マーケティング、地域ブランド、買物困難者対策、地域流通、食を通じた地域活性化といった領域を中心に、理論と現場の両方の視点から研究活動・コンサルティングに従事。日本農業経営大学校 非常勤講師(マーケティング・営業戦略)。