儲かるだけじゃ続かない!? 農家が目指すべき「里山資本主義」とは
2019/04/01
「共生」と「循環再生」がキーワードの里山資本主義。里山資本主義とこれからの農業の在り方について、地域エコノミストの藻谷浩介氏が説くコラム。
里山資本主義と
マネー資本主義とは?
里山というのは、周囲の住民が“ほどよく”利用することで、自然が循環再生を重ねてきた空間だ。そこに学んだのが里山資本主義で、共生と循環再生をキーワードに、“ほどよく”儲けつつも、事業と社会が継続していくことの方を儲け以上に重視する。
その反対語がマネー資本主義だ。「社会の継続だの共生だの循環再生など気にせずともOK、各自が効率と営利さえ追求していれば自然に最適な結果が出る」という新自由主義的な信仰のもとに、「違法でない限り何をしても自由、1円でも多く稼ぐ方が偉い」と考える。
里山資本主義者も儲けようとはするが、物事をお金だけでは考えない。金銭取引だけではなく、自給、物々交換、それにあるいは余ったものを他者にあげてしまう「恩送り」なども組み合わせて、仮にお金が乏しくなっても継続できるような事業手法、お金だけに頼らない生活様式を工夫する。
地域にあるものを工夫して使って、できたものは地域で売ったり物々交換したりして、地域内で循環する経済の部分を少しでも守り、拡大させようとする。外国から買ってきた化石燃料に過度に依存しないというのは、そのイロハのイだ。
採算の合わない事業からの脱却
ところで日本の農業の主流はこれまで、里山資本主義的でもマネー資本主義的でもなかった。
多くの農家は、土壌の循環再生を考えずに農薬と肥料を多用し、高額な農業機械をガソリンで動かし、ハウスを灯油で加温し(これらを「慣行農法」という)、地域産でもなく再生も不可能な化石燃料にどっぷり浸かってきたのである。多くの農協も、農薬と肥料と燃料と農機具を売ることが事業の中心になってしまった。
だがそれで農家が儲かっているわけでもない。日本の農業生産額は全部合わせても年間9兆円と、トヨタ自動車単体よりも小さい。多くの農家は、まったく採算の合わない事業を、補助金を受けて無理に続けてきたのである。
そこに近年、2つの方向から、新規参入ないし第二創業の動きが出てきている。第1はマネー資本主義的な方向だ。大企業が“植物工場”を建設する、というような話が典型だが、化石燃料を有効利用した大量生産・大量販売で儲けよう、という発想である。しかしそこには前回述べたように、化石燃料が長期的に値上がりしていく中でどんどん採算性が悪化していくという問題、農薬や肥料を多用して育てた作物はそれを食する人間の健康を害する可能性が高いという問題、そして何より大量生産品は安売りされてしまいがちなので思うようには儲からないという問題がある。
第2が里山資本主義的な方向だ。農薬や肥料を極力使わずに(減農薬減肥料、あるいは有機農業)、低コストで健康に育てた少量の農産物を、ブランド品として高く売るという戦略である。畜産や酪農の場合には、なるべく自前の飼料を用いて、自然に育てるという手法になる。ブランドも超高級からちょっとだけ高いものまで千差万別だが、専業農家として生き残ってきた少数の事業者は大なり小なり、この方向を目指している。ハウスを使うにしても燃料を灯油ではなく地域産の薪やペレットに切り替えたり、人気直売所や都会への直販など、少しでも高く売れる販売先を模索したり、次回に述べるが独自の加工をすることで付加価値を上げたり、無数の工夫が凝らされている。
これからは
里山資本主義的な農業を
日本の農業の産業規模は、前述の通り金額としては非常に小さい。だが米以外の農産物、特に肉と野菜の売り上げは近年明確に増加しており、小さいが明らかに「成長産業」である。その原動力が産地を明示したブランド化であり、里山資本主義的な農業がゆっくり普及している結果でもある。数千万円単位の収入を上げている専業農家は、各地で着実に増えている。
また里山資本主義的な農業には、そういうプロの世界とは別にもう一つ、片手間で行うやり方もある。他に仕事のある人や年金生活者が、自家用、あるいは物々交換のネタとして使うことを目的に、小さく田畑を営むという手法だ。田園地帯に住んでいる人はもちろんだが、近年は大都市居住者でも、週末に田舎で農業に取り組む人が急増している。腕を上げればその分生活の中でお金に依存する部分が減り、ゆとりが生まれる。何より生き物を育てることには、人間の本能に適った楽しさがあり、農業をしていると健康寿命が伸びるといわれている。
日照も雨も多く土地が肥えている日本は、農業に向いた国だ。そのうえ耕作放棄地が増えており、興味のある人なら誰でも農業に参入できる可能性が高くなっている。
ぜひ、いわゆる慣行農法ではなく少しでも有機農業に近い、里山資本主義的農業を試してほしい。
プロフィール
株式会社日本総合研究所
地域エコノミスト 藻谷浩介氏
株式会社日本総合研究所主席研究員。地域の特性を多面的に把握し、地域振興について全国で講演や面談を実施。主な著書に、『観光立国の正体』(新潮新書)、『日本の大問題』(中央公論社)『里山資本主義』(KADOKAWA)など多数。
AGRI JOURNAL vol.10(2019年冬号)より転載