“食料自給率”を上げるのは誰? 生産者の努力だけで自給率は上がらない
2020/04/01
農業に無関心でも、食料自給率には関心を持つ人が多い。しかし、自給率を上げる主役は“消費者”だ。食料自給率は、国民が1年間送ってきた食生活の結果であり、向上させるには国産を選択するという大幅な食生活改善が求められる。そして、今が食料自給率の目標設定が妥当かどうか見直す好機なのだ。
食料自給率を上げるのは消費者
新型コロナウイルスの感染拡大で、農業を含め、あらゆる産業に影響が及んでいる。マスクやトイレットペーパーほどではないが、コメがスーパーの棚から消えたスーパーもあった。せめて主食は確保しておきたいという心理が働くのは自然だろう。
事態が深刻になるにつれ、周囲から「日本はこんなに低い食料自給率で大丈夫なのか」とよく聞かれる。農業には無関心でも、自給率には関心を持つ人は多い。だが、食料自給率を上げる主役は生産者ではなく、むしろ消費者の手にかかっている。なかなか理解されていないこのテーマが、今回の事態を機に議論になればと思っている。
「自給率を上げる主役は消費者」と言ったが、生産者が自給率をまったく意識していないわけではない。生産者の大半は国産を食べたいという消費者のために生産活動をしている。農地を有効利用し、国土保全に貢献したいとも考えている。結果的に自給率向上につながればと願っているはずだ。
だが、作物が自分の土地にあっているかどうか、収益を確保できるかどうかなどさまざまな条件を踏まえ、作物を選択している。畜産飼料など国内生産だけでは入手すら難しい。生産者の努力だけで自給率は上がりようがない。
食料自給率は、国民が1年間送ってきた食生活の結果だ。
ほぼ国産の米を食べず、大半が輸入の小麦製品を好んで食べれば自給率は下がる。牛肉、豚肉の一人あたり消費量は増えているが、ともに自給率は50%を下回っている。自給率を上げていくには、国民の多くが意識的に国産を選択する、つまり大胆に食生活を変えるしかない。
今が目標設定の見直しの機会
農水省は2000年、2005年、2010年、2015年に作られた「食料・農業・農村基本計画」の中で食料自給率の目標値を設定した。だが、一度も達成していない。結果でしか現すことができない自給率に対し、目標を定めること自体、無理ではないかという気がする。
ただ、日本の農業がどのぐらいの食料を供給する力があるのかを認識しておくことは大事だ。2015年、「食料・農業・農村基本計画」の中で、食料自給力という概念が打ち出された。
食料自給力とは「国内の農地などをフルに活用した場合、国内生産のみでどれだけの食料を生産できるかを試算した指標」(農林水産省)だという。食料自給「率」と食料自給「力」では、一文字しか違わないため、両者の違いを含め、意味合いも消費者には浸透していない。
それなのに、農水省の食料・農業・農村政策審議会は、新たな「食料・農業・農村基本計画」で、「食料国産率」という新たな目標を打ち出した。多くを輸入に頼っている飼料自給率を反映させずに計算した数値だという。
カロリーベースの自給率は37%だが、「食料国産率」では46%になる。これだけでもわかりにくいが、自給率にはカロリーベースと生産額ベースという2つの計算方法もある。
自給率を示す数字が4つもあるなんて、もうついていけない。その上、目標の未達が続けば、国民は「設定しておいてなぜ達成できないのか」と、国民の当事者意識はますます希薄になる。
自給率に国民の関心が高まっているいまこそ、目標設定が妥当かどうか見直すタイミングではないか。
まず、消費者の行動が伴ってこそ自給率が上がるという認識を共有する。そして、向上させるには何が必要かという議論に持って行く。このプロセスを通らずして、いくら自給率目標を設定しても、永久に絵に描いた餅になるのではないか。
PROFILE
農業ジャーナリスト
青山浩子
愛知県生まれ。1986年京都外国語大学卒業。1999年より農業関係のジャーナリストとして活動中。2019年筑波大学生命環境科学研究科修了(農学博士)。農業関連の月刊誌、新聞などに連載。著書に「強い農業をつくる」「『農』が変える食ビジネス」(いずれも日本経済新聞出版社)「2025年日本の農業ビジネス」(講談社現代新書)など。現在、日本農業法人協会理事、農政ジャーナリストの会幹事などをつとめる。2018年より新潟食料農業大学非常勤講師。