【講演レポート】イノシシの生態を知り、電気柵・捕獲・環境整備の三本柱で農地を守る
2026.04.02
2026年2月25日~27日に新潟市で開催されたAGRI EXPO新潟2026では、前長岡技術科学大学准教授で株式会社うぃるこ代表取締役の山本麻希さんが「イノシシの効果的な被害対策について」と題して講演した。イノシシの生態から電気柵の正しい運用法、捕獲の要点、さらに地域ぐるみの獣害対策まで、講演内容を抜粋してお届けする。
1.急増するイノシシ被害 水稲被害が9割を占める深刻な状況
2.電気柵は「正しく張れば被害ゼロ」 運用のポイントは
3.「山の10頭より里の1頭」 加害個体を逃さない捕獲術
4.猟友会ゼロ、でも諦めない 集落ぐるみで取り組む獣害対策
急増するイノシシ被害
水稲被害が9割を占める深刻な状況
野生鳥獣による農作物被害金額の推移(講演資料より)
まず山本さんは、イノシシの基本的な生態について解説した。時速50キロ以上で走り、1メートルほどジャンプでき、鼻で70kg以上を持ち上げられる。
イノシシは雑食性が非常に強いが、自然環境下では鼻で土を掘り、山芋やくずの根といったでんぷん質の塊茎・塊根を主食としている。この「掘る」習性が、あぜや法面の土木的な被害にもつながっている。
新潟県を含む北陸・東北の日本海側では近年、急速に個体数が増加。2024年度は過去最高の被害額を記録し、その90%以上が水稲の被害だという。
繁殖力も脅威だ。平均で年に約4.5頭を産み、メスは1歳で85%が妊娠する。「増加率は1.64倍。哺乳類中最大の増加速度」と山本さん。家族単位で行動するため一度に十数頭が農地に侵入し、一晩で田んぼの稲の3分の2が倒されることもある。一度でもイノシシが侵入した田んぼの米はJAが買い上げないケースも多く、「一回でも侵入を許すとその田んぼ一枚がダメになる」と被害の深刻さを強調した。
加えて、マダニが媒介するSFTS(重症熱性血小板減少症候群)などの感染症リスクも高まっている。「農作業から帰ったら身体にダニがついていないかを確認しましょう。刺された後に微熱が続くなら、病院で必ず『ダニに刺された』と伝えてください」と注意を呼びかけた。
電気柵は「正しく張れば被害ゼロ」
運用のポイントは
電気柵の正しい設置方法(講演資料より)
続いて、被害防除の具体策として電気柵の正しい運用方法を解説した。かかしや音・光による対策は、動物が慣れるため長期的な効果は期待できない。「物理的に柵で入れなくするか、電気の痛みを学習させて入れさせないか。このどちらかしかありません」と山本さんは明言した。
電気柵は、地面のアースとワイヤーの間にイノシシの体で回路を形成させ、電気ショックを与える仕組み。そのためアスファルトや厚手のゴム製防草シートの上では効果が下がる。新潟県のように大型個体が多い地域では、ワイヤーの間隔を下から15cm・15cm・20cmに設定することを推奨している。「下の隙間が開くと、たてがみの硬い頭から入ろうとする。最初の一発目で必ず鼻に触れさせることが重要だ」という。
よくある間違いとして5つのポイントを挙げた。
・夜だけモードで運用しない。24時間通電を
・地形の凹みにはワイヤーをV字に追加
・アースは地中に10cm以上埋設し、間隔を空ける
・危険防止表示のプラカードを設置(法律上の義務)
・縦線(結束線)を50m~100mに1本入れて上下のワイヤーに通電する
電圧管理も重要だ。「設置初日にボルトチェッカーで電圧を測り、本体の裏に油性マジックで記録してください。そこが最大出力です」と山本さん。電圧が6000Vでスタートした場合、初期電圧より1000ボルト以上下回ったら草刈りして電圧を回復させ、常時4000~6000Vの範囲で維持することが目安だという。
毎年の設置・撤収が負担になる地域に向けては、常設型のフェンシングワイヤータイプも紹介した。
「電気柵を適正に張れば、被害ゼロが実現できます。私自身、中山間地で田んぼを借りて稲作をしていますが、周囲がイノシシ被害を受けている中、一度も侵入を許していません」と、山本さんは自らの実践を交えて語った。
「山の10頭より里の1頭」
加害個体を逃さない捕獲術

個体数管理について、山本さんが最初に強調したのはイノシシの行動圏の狭さだ。「農地を荒らしている個体は、その農地から200~300m以内にいます」。北杜市での調査でも、林縁から200m以内に行動圏の75%が含まれるという結果が出ている。
この事実を踏まえ、山本さんは「山の10頭より里の1頭」と強調。「山奥で頑張ってたくさんのイノシシをとっても、農地の近くにいるこの1頭を捕獲しない限り、被害は絶対に止まりません」。
捕獲の手法としては箱わなとくくりわなが中心となる。箱わなでは「母イノシシが疑いなく入るまで待つこと。早くトリガーをかけすぎると親はスレ個体(捕獲失敗の際に取り逃がして捕獲ができなくなる個体)になり二度と入りません」。一度でも罠で失敗した個体の再捕獲率はわずか3.9%。「有害捕獲では1頭も逃すなと師匠に言われています。1頭逃せば、年に4頭産み、8年で32倍になって返ってくる」。
捕獲の成功には「ハード(道具・罠)×ソフト(技術)」の両方が不可欠であり、何よりも「スレ個体を作らない」ことが最重要だ。新潟県ではくくり罠による捕獲研修会を定期的に開催している。
猟友会ゼロ、でも諦めない
集落ぐるみで取り組む獣害対策
鳥獣被害対策は、被害防除・捕獲・環境整備をバランス良く回すのが重要(講演資料より)
講演の終盤、山本さんは猟友会の高齢化と担い手不足という現実に触れた。「猟友会の平均年齢は68歳くらい。猟友会員がゼロの集落もすでにいくつも出てきています」。こうした中で、集落住民が自ら獣害対策に取り組む体制づくりが急務だという。
わな猟の一連の作業のうち、狩猟免許が必要なのは「わなの見切り(設置場所の選定)」「わなの設置」「止め刺し」の工程のみ。林道整備やわなの見回り、搬出、解体は免許がなくてもできる。「少ない狩猟者を集落の皆さんが手伝い、みんなで自分たちのイノシシを取っていく体制が今後は絶対に必要になります」。
うぃるこが提供する「集落環境診断」の手順(講演資料より)
山本さんは、こうした体制づくりの入り口として「集落環境診断」を推奨する。うぃるこ式の手順では、まず予備診断と集落勉強会で住民・行政・専門家が鳥獣被害対策の基本を共有する。その後、現地を一緒に歩いて集落地図を作成し、ワークショップで対策方針と合意形成を行う。「医療と同じです。お腹が痛ければ病院で検査して診断し、治療する。獣害も、ちゃんとプロと一緒に診断をしましょう。大事なのは対策を実行できるかどうか。診断だけでは、病気は治りません」。
この集落環境診断から始まり、見事に成果を上げたのが、新潟県村上市の越沢(こえさわ)集落だ。山形県境に近い山北地域に位置し、人口123人・44世帯(2023年8月時点)の小さな集落である。海から3キロ、山・川・田に囲まれた自然豊かな環境だが、10キロ圏内に猟友会員が一人もいなかった。
越沢集落では2014年にサル対策の集落環境診断を実施し、翌年にはサル被害ゼロを達成した実績がある。しかし2020年、今度はイノシシ被害が深刻化し、再び集落環境診断を実施。電気柵の導入と同時に捕獲体制の構築に着手した。2014年には兵庫県出身の地域おこし協力隊員・神吉能宣さんを迎え、集落住民2名(農家)もわな免許を取得。うぃるこ社員が現地指導を行い、1年で18頭の捕獲に成功した。
現在は、わなかけの上手な人が設置を担当し、見回りは免許を持たない住民が担い、捕獲後はみんなで解体して集落公民館でジビエとして楽しむという、役割分担の体制が確立されている。この取り組みは2025年度の鳥獣被害対策優良活動表彰で農村振興局長賞(被害防止部門)を受賞した。
講演を締めくくるにあたり、山本さんは「猟友会がいないからと諦めないでほしい。プロが教えれば、1年で捕れるようになります」と力強く語り、参加者にエールを送った。
山本さんが代表を務める株式会社うぃるこでは、「野生動物との共存を目指す」を掲げ、集落環境診断や捕獲研修会の実施、常設型電気柵の導入支援、ICTを活用した捕獲の効率化など、現場に寄り添った獣害対策の伴走支援を全国で展開している。イノシシ被害にお困りの方は、同社や各市町村の鳥獣被害担当窓口に相談してみてはいかがだろうか。
DATA
山本麻希(やまもと・まき)

前長岡技術科学大学物質生物系准教授(野生動物の生態)/株式会社うぃるこ代表取締役。理学博士。環境省鳥獣保護管理プランナー、農林水産省農作物野生鳥獣被害対策アドバイザー。工学技術を活かした鳥獣対策の研究開発を行いながら、うぃるこの社長として野生鳥獣支援事業を展開する。第1種狩猟免許、罠猟免許、網猟免許、麻酔研究者免許を所持。YouTubeチャンネルでも野生動物対策のQ&A動画を配信中。
写真・文/佐藤美紀
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