名物お漬物が消える日 改正食品衛生法の経過措置が5月末で終了
2024/05/30
秋田のいぶりがっこ、青森のにんにく漬け、京都の千枚漬け……。全国各地の特色ある漬物、とりわけ大量生産ではない手作り漬物の味わいは、多くの人に食の楽しみを提供してきた。しかし、その楽しみも享受できなくなるおそれがあるのだ。
製造許可取得が難しく
手作り漬物に危機が迫る
漬物は6月以降、すべて包装して販売される。店頭でこのような光景を見ることはもうないだろう。
全国の道の駅や農産物直売所、ファーマーズマーケットなどで販売されている手作りの漬物は、土地の野菜を使った地元の特産品として、また家庭ならではの味の違いが楽しめる食品として親しまれてきた。だが残念ながら今、それらの多くが姿を消そうとしている。2018年に改正された食品衛生法によって、漬物の製造に保健所の営業許可が要になったことが原因だ。
2021年6月の改正食品衛生法の施行によって、それまで要許可業種に含まれていなかった漬物の製造が「営業許可業種」のひとつとして新たに設けられた。
それから3年間の経過措置期間がとられていたが、2024年5月31日で期限を迎え、6月1日から営業許可を得ていない業者は製造・販売ができなくなるのである。もちろん、漬物製造業の営業許可を得ればこれまでどおり継続できる。ただそのためには製造現場の設備を大きく変える必要があり、多くの小規模な漬物製造者は資金面で困難を抱えることになる。また、製造している人の多くは高齢であることから、将来を見据えて廃業を選ぶ人も多い。そのため、6月から手作りの漬物は、消滅あるいは数が激減することが見込まれている。
ハードルは「HACCP」適合の設備投資
資金面や年齢ので事業を諦める業者も
こうした事態を招いたのは、2012年に起こった集団食中毒事件が大きな原因と言われている。北海道の食品会社が製造した白菜の浅漬けが原因だ。
腸管出血性大腸菌O‐157による食中毒症状を約170人が訴え、子どもを含む8人が亡くなった。これをうけて食品衛生法の改正が議論され、食中毒などのリスクや、規格基準の有無、過去の食中毒の発生状況などを踏まえて許可業種を再編、新たに漬物も営業許可制の対象となることとなった。
漬物製造には、厚生労働省が定める「HACCPに沿った衛生管理」が必要になる
また同時に、原則としてすべての食品関連事業者に「HACCP」(Hazard Analysis and Critical Control Point、ハサップ)に沿った衛生管理が義務化された。
HACCPとは、食品衛生管理の国際的な手法であり、原材料の入荷から製造・出荷と続く各工程において、危害要因を除去または低減する管理を行うもの。従来的な抜き取りによるサンプル検査に比べて、問題のある製品の出荷を未然に防ぐことや、万が一危害のある食品を製造した際に原因の追及をしやすくすることが可能となる。
漬物製造の営業許可を得るためにも、やはりHACCPに沿った衛生管理に適合する設備が必要だ。例えば、加工施設と住宅の分離、素材を洗浄するための専用シンクの導入、手指洗浄用のレバー式・自動式開栓の水道、原材料や漬け樽などの保管場所は、間仕切りを設けて区分けするなど、さまざまな規定に沿った環境を整えなくてはならない。設備投資に多額の資金が必要になり、特に農家が副業で自宅生産している場合などにおいて、これがハードルとなって営業許可取得を諦めてしまうケースが見られた。
食の安全、食の伝統
どちらも活きる道を見つけたい
6月1日を目前に控える中で、漬物製造の営業許可件数のニュースも聞こえてくるようになった。その多くはもともとの製造届け出件数に対してはるかに少ないが、稼働実態がなかった業者も含まれているため、減少幅の全貌を把握できるのはまだ先になりそうだ。
各自治体も手をこまねいているわけではない。製造業者に資金面のサポートをする制度を作り、漬物製造の継続の道を模索している。伝統の食が途絶えてしまうことがないよう願うばかりだ。
このような天日干しの漬物の販売も、HACCP的にはおそらくNG。しかし、厚生労働省による「営業届出制度の創設と営業許可制度の見直し」の資料には「都道府県は、厚生労働省令で定める施設基準を十分に参酌した結果、法令に違反しない限り、地域の実情に応じて異なる基準を定めたり、業態に応じて斟酌規定を設けたりすることが可能です」とある。漬物の個別の実情による柔軟な対応はできるようにも読めるが、果たして・・・?
DATA
取材・文/本多祐介