畜産経営の臭気対策に新たな視点 臭気対策は「技術」と「近隣住民との関係構築」がカギ
2023/11/29
ここ数年、畜産経営者に対する悪臭への苦情発生戸数は増加傾向にあり、畜産経営者にとっては頭の痛い問題となっている。第13回農業WEEKでは、そんな臭気対策について畜産環境整備機構が講演。要約してお届けしよう。
悪臭とはなにか?
相手を知ることから始める
畜産経営にとって、臭気対策は重要な課題となっている。その背景にあるのは、経営の大規模化と、畜舎と宅地との混住化である。経営面を考慮すれば大規模化は避けられないが、畜産経営者一戸あたり飼養頭数が増えると、それだけ悪臭の発生源となりやすい。また従来から畜産経営を行っていた付近の土地が宅地化されることで、宅地と畜舎(ふん尿処理施設)との近接化が進んでいる。これもまた、畜産経営者に対して悪臭の苦情が申し立てられやすくなる原因となっている。
では悪臭とは一体なんだろうか? それは悪臭防止法と都道府県の条例により定義されている。22種類の悪臭物質が指定されているが、畜産と関連するのは10種類。大別すると以下の4種類である。
1.アンモニア
2.硫黄化合物4種(硫化水素・メチルメルカプタン・硫化メチル・二硫化メチル)
3.低級脂肪酸;VFA(プロピオン酸・ノルマル酪酸・ノルマル吉草酸・イソ吉草酸)
4.トリチルアミン
*1のアンモニアのみ好気条件で、2~4は嫌気条件で発生しやすい。
畜産業を営んでいれば、どうしても悪臭の原因となる特定悪臭物質が発生してしまう。発生した特定悪臭物質が悪臭問題になるかならないかは、一つには「臭気の強度」によって決まる。詳細は省くが、臭気の臭気強度は0(無臭)から強烈な臭いの5まで、6段階で定められている。苦情を減らすには、畜産施設から外部に流れ出た臭気の強度を下げる必要がある。
臭気対策は難しい!
これだけの理由
実際に「臭気の強度」を下げるのは、容易ではない。無尽蔵にコストを掛けることができないからだ。冒頭で説明したように、住宅と畜産施設との近接化が進行している。市民の生活環境が改善した結果、畜産施設からでる臭いが一般人に馴染みのないものとなったことも、悪臭苦情と関係している。講師の道宗氏はさらに「実は臭気は原因物質の濃度を9割減らしても、感覚的には半分にしかならない、という法則があるのです。しかし臭気対策が最も難しいのは、感情論になりやすい、という点です。規制値内の臭気であっても、近隣住民に『臭い!』と指摘されてしまえば、経営側は対策するしかない。しかし対策にはコストが掛かります。臭気対策では、低コストで効果の高い技術が求められるのです」と説明した。
ここから始めよう!
臭気対策の基本技術と実例
スノコや敷料を活用しつつ、こまめに清掃する。これは誰にでもできる臭気対策の基本技術だ。
(一財)畜産環境整備機構 畜産環境技術研究所 道宗 直昭 氏 提供
道宗氏は続けて、実際に畜産経営者が必ず行うべき基本技術を説明した。基本技術だから当然のことながら、当たり前のことばかりだ。
・特定悪臭物質を発生させないようにする
・特定悪臭物質の発生源を特定する:必要に応じて後に対策するため
・水分が溜まる場所を作らない:嫌気状態にしない
・こまめに清掃する
・ふん尿は早期分離し搬出する
・敷料により吸着させる
・通風・換気を励行する
これらは日常業務として日々励行することが大切だ。
(一財)畜産環境整備機構 畜産環境技術研究所 道宗 直昭 氏 提供
実例の冒頭で紹介されたのは、畜環研式ニオイセンサを活用した臭気マップの作成。基本技術の2番目に紹介した「特定悪臭物質の発生源を特定する」ために行うのが、臭気マップの作成である。臭気マップを作ることで、農場地図上で臭気の発生箇所と強弱を視覚化できる。
(一財)畜産環境整備機構 畜産環境技術研究所 道宗 直昭 氏 提供
その視覚化された臭気の情報を基に、臭気低減対策を進める。それに使われる畜環研式ニオイセンサは、畜産環境整備機構畜産環境技術研究所が開発したもので、畜産(牛、豚、鶏、馬)に関連した複合臭を測定できる。栃木県畜産酪農研究センターのウェブサイトで、「臭気マップ作製手法および活用方法」が公開されているので、参考にすると良いだろう。
臭気マップを作成して原因を特定したら、個別に対策を実施して行く。セミナーでは、
・発生源を原尿槽であると特定して、原尿槽に蓋をすることで解決した事例
・発生源を固液分離装置の脱水機であると特定して、脱水機をカーテンで密閉化して解決した事例
が紹介された。こうして発生源を特定することで対策できる場合がある一方で、難しいのは畜舎から出る低濃度・大風量の悪臭である。これに対しては、
・遮蔽壁で軽減する
・豚舎の脱臭装置にバイオフィルターを搭載する
という手法が紹介された。
遮へい壁と芳香消臭剤を噴霧
(一財)畜産環境整備機構 畜産環境技術研究所 道宗 直昭 氏 提供
近隣住民との良好な関係が
苦情減少に繋がる
これまで畜産関連セミナーで幾度となく講師をつとめてきた道宗氏だが、今回のセミナーでは特に、「近隣住民との関係性構築」の説明に時間を割いていた。基本技術、個別対策で臭い軽減は可能だが、ゼロにするのは容易ではない。繰り返しになるが、コストを掛けて悪臭を減らしたところで畜産経営者の利益にはならないし、例え基準内であっても「悪臭だ!」と言われてしまうと対応せざるを得ない。
そこで道宗氏が提唱したのが、近隣住民との良好な関係性を構築する、という方法だ。
・外部から見える形で、噴霧壁などに芳香消臭剤を噴霧する
・美観を意識して樹木により遮蔽する
・清掃などの地域活動に積極的に参加する
途中でも少し触れたように、臭いは感情論になりやすい。どこの誰か分からない人の敷地から出てくれば「臭い!」となりやすいが、顔を知り心が通じていれば「あの人が豚を飼っているからか……」と理解を得られやすい。
臭気対策の基本技術を徹底したうえで、近隣住民と良好な関係を築く……それが今できる最善の臭気対策と言えそうだ。
教えてくれた人
(一財)畜産環境整備機構
畜産環境技術研究所 研究参与
道宗 直昭 さん
1973年3月、三重大学卒業後、農業機械化研究所入所、生研機構、生物系特定産業技術研究支援センターにおいて畜産環境問題に関わる研究開発に従事。2010年から畜産環境整備機構 畜産環境技術研究所で畜産環境に関わる技術研究を担当し、現在に至る。
文/川島礼二郎