「予測」と「観察」で日本農業の未来を切り開く! エア・ウォーター×東大生研の研究に迫る
2024/06/03
日本農業は人手不足に苦しんでいる。それが原因で収穫適期を逃すと、食品ロスが発生してしまう。しかし人手不足の状況は、改善される見込みがない。この苦しい未来に立ち向かうべく、エア・ウォーターと東京大学生産技術研究所が共同研究を行っている。
エア・ウォーターと
東大生技研の共同研究
エア・ウォーターは社名に冠した「空気」と「水」を核に多角的に事業を展開している企業。デジタル&インダストリー、エネルギーソリューション、ヘルス&セーフティーなどとともに、アグリ&フーズ事業として、農業生産から加工・販売に至る、食の川上から川下までを網羅した事業部門を有している。
そんなエア・ウォーターが、東京大学生産技術研究所(以下、東大生研)と共同研究に取り組んでいる。その研究成果が2件、先日発表されたので、ご紹介していこう。
ブロッコリーの収穫適期を
温度データのみで「予測」する
最初にご紹介するのは「予測」技術。温度データのみの収集で、収穫適期の予測モデルの作成に成功した、という。説明してくれたエア・ウォーターの是井亮二さんは
「日本における全ての野菜の収穫量と出荷量から計算したところ、仮に収穫率を80%から90%に上げることができれば、理論上は年間で約140万tも収穫量が上がり、それと同じだけ畑で発生している食品ロスを削減できる可能性を秘めています」と説明する。
畑で発生している食品ロスには、規格外(小さすぎる・大きすぎる)、品質不良(未熟・過熟・色付き不良)、病害虫や獣害による被害といった、人により抑制できる可能性があるものが多く含まれている。この畑で発生している食品ロスを減らす=収量増に寄与するのが、高精度な収穫予測である。エア・ウォーターと東大生研は、ここに取り組んだ。収穫適期予測は、食品ロスの削減のみならず、収穫に掛かる人員配置・収穫後の物流・加工場のスケジュール調整の効率化や、収穫物の価格維持にも活用できる。
エア・ウォーターと東大生研が開発したのは、温度データのみで収穫適期予測ができる技術だ。出荷予測を含めた収穫適期予測技術には、空撮画像解析を利用したものや、気象情報などの外部データを活用したものが、様々な作物で構築されつつある。今回、エア・ウォーターと東大生研が開発した収穫適期予測技術は、温度データのみで構築した点が新しい。
「予測モデルをエクアドルにおけるブロッコリー栽培に応用したところ、2.5日未満の精度で収穫日の予測に成功しました。エクアドルというのがポイントで、当地は日本と比較して年間平均気温が安定しているものの、気象を観測している地点が少なく公表もあまり行っていないため、情報の収集が難しい土地です。そういった場所でも、畑に植物を植えてから温度データのみで誤差2.5日未満の精度で収穫予測を実現できたことに意味があります」(是井さん)。
写真:収穫風景(エクアドル)
東大生研の沖特任教授が続けて教えてくれた。
「開発したのは、HUI(熱指標)を用いた予測法です。気温が一定範囲から上下に外れた場合は積算温度に含めない。これを有効積算温度というのですが、この有効積算温度と成熟までに必要な積算温度から算出するのがHUIです。今回開発したHUIモデルは、場所によってチューニングが必要となります。東大生研が主に担ったのは、そのチューニングや文献調査、それと農業生産現場に関する知見です」
「観察」技術は今後、エア・ウォーターの関連圃場において、ブロッコリーでの精度を高めて行くほか、露地加工用トマト、カボチャで水平展開を検討するという。
空撮画像で作物を個別に
「観察」する技術
もう一つの研究成果が、ドローンによる空撮画像で作物を個別に「観察」する技術だ。植物体の位置(緯度経度)・個体数の計測、植物個体ごとの草丈(高さ)、植物個体の葉面積計測ができる。これにより、圃場における異常個所の把握と対処、バイオマス量の推定、収穫量の推定、などが可能になる。
画像提供:エア・ウォーター株式会社/ドローンでの空撮画像から株個体番号を割り振り、株個体番号ごとに生育差を検出
圃場に植えられたすべての作物を個別認識して異常を発見したら対処するなど、とても人間の手でやる前提ではないのは明らかだ。また、個別の植物体の位置を取得していることからも、農業機械の使用を前提とした技術である。
「エンジニアや研究者にとって、”観察”技術は聞きなれない表現かと思いますが、ここではあえて観察技術という表現を用いております。従来、観察は人が行うことで、ドローンやロボットなどでは見て測るという意味合いの”観測”という表現を用いるのが適切ですが、将来的にAIやロボットが当然のように人々の生活の中に溶け込み、人に代わってロボットなどが観察できる時代が来るであろうことを見越して、観測技術ではなく観察技術という表現を用いさせていただいております。この観察技術も、先に説明した予測技術とともに、機械一斉収穫する作物への適用を前提としています。また、観察技術と実際の収穫で得られたデータを、予測技術にフィードバックして、予測技術の精度を高めることも可能です」と、是井さんは語る。
沖特任教授は、私見であると断ったうえで「日本農業では、今後もさらなる省力化・省人化が求められる。将来的には、露地栽培の圃場の一部は、機械一斉収穫に適した仕様に変わって行くのではないだろうか?」と展望を語った。
是井さんの言葉を、まとめとしよう。
「今回発表した両技術を適用することで、人手不足が確実視されている日本のみならず世界でも、食品ロスを減らし、収量を上げることに貢献できるはずです」。
問い合わせ
東京大学 生産技術研究所 人間・社会系部門 特任教授 沖 一雄
(IoTセンシング解析技術社会連携研究部門 特任教授)
Tel:03-5452-6128 E-mail:kazu@iis.u-tokyo.ac.jp
エア・ウォーター株式会社 アグリ&フーズグループ 農業・食品開発センター 是井 亮二
Tel:0145-26-2280 E-mail:korei-ryo@awi.co.jp
文:川島礼二郎