【農業と環境課題】被覆肥料の環境への影響は? 持続可能な農業を考える
2022/08/09
今、解決が求められている海洋マイクロプラスチック問題。様々な調査・研究から、水田で利用されている被覆肥料の被膜殻が、海岸に漂着するマイクロプラスチックと化していることがわかってきた。生産現場でできる、持続可能な農業を実現するための対策と方法をJA全農に聞いてみた。
生産現場で求められる
環境にやさしい肥料
そもそも人間による生産活動は、少なからず環境に負荷を与える。それは自動車生産であれ食料生産=農業であれ、同じである。だからこそ、人類と地球の将来を考えれば、産業としての主目的=生産活動に支障を来さない範囲で、その環境への負荷を減らし、持続可能性を高めることが求められる。
これまでにも農業は、環境への負荷を減らすための努力を続けて来た。湖や沼などの陸水面の富栄養化対策が良く知られている。肥料等を発生源とする硝酸性窒素の地下水汚染も一部畑作地域で問題とされている。今、最も注目されている農業に関連した環境問題はマイクロプラスチックである。マイクロプラスチックとは直径5mm以下のプラスチックのこと。様々な調査・研究から、水田で利用されている被覆肥料の被膜殻が、海岸に漂着するマイクロプラスチックと化していることが分かってきた。
被覆肥料とは水溶性粒状肥料を樹脂等で被覆した肥料のこと。作物の生育に合わせて肥効特性を制御できるため作業の省力化に有効であり、1980年代以降、おもに稲作の効率化を支えてきた立役者の一つである。だが、ここで窒素施肥量を見てみると、日本では6kg/10aであるが、アメリカ・カリフォルニア州では17kg/10a。日本は施肥効率がカリフォルニア州より大幅に高く、省資源な農業を実現していることが分かる。被覆肥料が系外流出を抑え富栄養化を止めることに役立っている。
こうした総合的な性能が高く評価され、被覆肥料は現在、日本の多くの水田で使用される程に普及している。いわゆる一発肥料には被覆肥料が配合されており、地域の気候や品種に適した肥料が普及している。省力化を考慮すれば被覆肥料を使いたい。だが、このままで良いのだろうか? JA全農耕種資材部 肥料課 肥料技術対策室の小宮山鉄兵さんがJA全農の取り組みについて教えてくれた。
「マイクロプラスチック問題は最優先に解決すべき課題だととらえています。これまでもJA全農は被殻膜流出防止の啓発や対策に取り組んできましたが、それを更に加速すべく、2022年1月に肥料関係2団体と共同でプレスリリースを発表しました。『2030年にはプラスチックを使用した被覆肥料に頼らない農業に。』を理想に掲げ、さらに努力すると発表しています」。
いまできる
マイクロプラスチック流出対策
水田から被殻膜が流出するのは、主に代搔き時である。だから流出を防ぐには浅水で代搔きを行うと良い。そのうえで、落水させず代搔き当日から数日以内に移植すると良い。水管理など計画的に行う必要があるが、浅水代かきは浮き藁を防止するなどのメリットもある。
ネットの設置も有効だ。ゴミや雑草がネットに詰まるのを減らすため、ネットの外側に目の大きな柵を立てると良い。100均で買える製品だけで簡単に作れるから試してほしい。
JA全農では、農業生産者が実際にできる対策法を分かりやすく記したパンフレットの配布、JA広報誌など各種媒体による周知、それに地方自治体との連携など、マイクロプラスチック問題に対して真摯に対応している。
「今、都道府県と共同で進めているのが、プラスチック被膜以外の緩効性肥料や省力施肥方法の実証です。農業生産者の方ならばご理解いただけると思いますが、これまで使っている肥料や施肥法を切り替えることは非常にハードルが高いです。『新しい肥料に変えたら収量や品質が下がりました』なんていうことは絶対にあってはいけません。ですから都道府県の試験場等と協力して様々な代替施肥技術を検証して、データを収集しています」
JA全農が都道府県と実証中!
代替施肥方法
プラスチックではなく硫黄を溶かしてコーティングした肥料。樹脂コーティング肥料と比較して溶出の制御は精密ではないが、古くからあり現在も使われている。
尿素の溶解を制御するため、尿素を別の物質と化学反応させて作られる肥料。ウレアホルム、IB、CDU、グアニル尿素、オキサミドなどがある。これも古くからある肥料であり、これらを配合した肥料による代替施肥方法の確立が求められる。
尿素、燐安、塩化カリを主原料とするペースト状(粘性のある液状)の肥料。苗の活着・初期生育が良好であり、肥料そのものにプラスチック被膜殻を使用しないためマイクロプラスチックが発生しない。緩効性の窒素肥料を配合したり、作土の深層に施肥することにより追肥を省略できる。
追肥を大幅に省力化できるのが流し込み肥料。水口に肥料をセットして水とともに肥料を流し込み、肥料成分を行き渡らせる。大区画の水田や大規模生産者の軽労化を実現する。
遠くない将来、この代替施肥技術が確立されて、被覆肥料を由来とするマイクロプラスチック問題は解決されるはずだ。
また、農業生産の持続可能性に関わる話題として、温暖化や豪雨などの異常気象への対策があげられる。さらに言えば、農業生産そのものの持続可能性を脅かす危機である肥料価格の高騰は、農業生産者にとって文字通り死活問題だ。それらについても、JA全農から明快な回答を得られた。
異常気象
対策のポイント
水稲における高温対策としては、水管理や品種を変える、といった対策が知られているが、土づくりは水稲の基礎体力を高め、異常気象に負けない栽培につながる。堆肥や土づくり肥料を投入し、地力を高めたり、深耕によって根域を拡大することが有効だ。
特に近年、大型機械により土が硬くなったり、稲わらが十分に腐熟しない状態で水を張ることにより還元が進行しやすい水田が増えている。還元状態では根に有毒な硫化水素を発生すると同時に、温室効果ガスであるメタンも発生する。こうした水田では根張りが悪くなる。すると暑い時期になると、水を吸収しない→蒸散不良→体温が上がり高温障害になってしまう。それを解消するのが土作りだ。
JA全農が推奨するのは土壌診断。今は緊急事態だ。だから土壌診断を行い土壌に存在している成分を把握して、それに合った肥料の施用を推奨している。農地に蓄えた貯金を取り崩すことで極力無駄を省く、という発想だ。ただ、一気に土壌分析が殺到するとキャパオーバーになってしまうため、過去の分析値の利用や地域の代表値などを上手く利用してほしい。
また国内の資源=家畜ふん尿の活用は国際市況に左右されにくいことにも着目してほしい。JA全農では家畜ふん堆肥+化成肥料=混合堆肥複合肥料や鶏ふん燃焼灰を原料とした肥料も取り扱っている。循環型農業への貢献という意味でも、国内資源を活用した肥料の使用は検討に値する。
農業生産者自身にとっても持続可能な農業を実現して欲しい。
文:川島礼二郎
AGRI JOURNAL vol.24(2022年夏号)より転載