成功する農業後継 酪農から学ぶ「非言語ノウハウ」伝承
2018/03/29
農家の事業後継は、肩書きを託すだけでは終わらない。技術や経営ノウハウも必要だ。だが、仕事の苦労や楽しさを肌で感じること、ケースバイケースのトラブルリスクを予測すること、つまりは「非言語ノウハウ」の伝承こそが、事業承継成功のポイントなのだ。今回は、山間地酪農の三浦牧場のケースを紹介する。
三浦牧場の
事業継承
三浦牧場は、岡山県真庭市中河内(旧落合町)の山間地酪農農家だ。搾乳牛24頭のほか、3haの畑で牧草の栽培や稲作を行っている。
3代目後継者、三浦正之(みうらまさゆき)さん(33歳)は、高校を出るまで、繁忙期に牧草の収穫や稲刈りを手伝う程度で、酪農の仕事に触れることはまれだったという。
「家業を継ぐことを考えてはいましたが、まずは一般企業で社会勉強をしてからにしようと思い、すぐに継ぐつもりはありませんでした」。
しかし、大学在学中に母が病に倒れたことを機に、卒業後すぐに実家を手伝うことを決意する。
形式上の事業継承はすんなりだったが、本当の仕事はこれから。後継の若者が先代とともに自分の手で作業をしていく中で、少しずつ身に付けていったものは何だったのか?
①観察することの大切さ
「実際に酪農の仕事をしてわかったことは『牛を観察することの大切さ』です。牛が立っているのか、座っているのか。餌の食べ方はどうか。落ち着いているのか、そわそわしているのか。体調が良いのか、悪いのか……。呼吸をして、餌を食べている『生き物』としての牛のことを、毎日考えるようになりました」。
牛は我慢づよい生き物だという。それでいて(当たり前だが)言葉が話せない。酪農家は日々観察することを通して、牛の状態を把握し、調整する手助けをする。農作物も観察が大切であることは同じだが、動き回り、思考のある生き物を相手にするとなると、より神経を集中しなければならないだろう。
「酪農は、母牛に子牛を生んでもらい、牛乳を出してもらう仕事です。産前産後の母牛の身体に負荷が掛かる時期を、リスクを排し、健康に過ごしてもらう。それが私たち酪農家の大きな役目だと思っています」。
牛の健康を第一に考える三浦牧場の姿勢が伝わってくる。
②牛への愛情
「酪農の楽しさは、牛がかわいいと感じること。外部からお客様が来られると、『子牛ってかわいいね』という声を多く聞きます。確かに子牛もかわいいが、『大人の牛もかわいいけどなぁ』と思うんです(笑)」。
三浦牧場は、規模が小さい故の課題もあるが、牛1頭1頭と向き合う時間が長いため、牛との付き合いが濃くなるというメリットがあるそう。
「仕事をやっていくうちに、牛の性格の違いがよく分かるようになりました。素直な牛、やんちゃな牛、勝気な牛、気弱な牛、優しい牛、人懐っこい牛……。生産動物なので生産能力も気にはなりますが、自分に馴れてくれる牛には愛情が強くなっていきます」。
乳牛を飼うということは、朝から晩まで四六時中牛と暮らすということ。大変ではあるが、経験してみないと分からない「生き物のかわいさを実感できる」仕事だという。
③トラブルリスクの把握
「牛は様々な原因で事故に遭ったり、体調を崩したりすることがあります。そんな時、自分が殺生与奪を決めるような立場にあることを感じ、その生命の重みを考えさせられます」。
搾乳中の牛は牛舎の中にいるが、分娩前の2ヶ月は乾乳牛として、山の斜面に放牧する。自由に動き回ることで足腰を強くしたり、分娩前の体調の回復に努めてもらうためだ。
放牧場には、山間地酪農ならではの危険がある。山の斜面の危険な箇所には柵を設置し、近づけないようにしているものの、時として牛が滑り落ち、怪我をすることも。牛は体重が500kgほどもあり、怪我をすると人の力ではいかんともしがたく、廃牛にせざるを得ない。
「分娩前の母牛を失うことは、経営面で大きな痛手になりますが、『生き物の命が無駄になってしまう』ことは、精神的にもとても辛いことです」。
正之さんが就農して10年の間に、2回事故が起きている。「牛の命を預かる仕事をしている」という厳しさをひしひしと感じながら、放牧場に危険な箇所がないか見回り、必要に応じてすぐに柵などの修理・設置をするのが、正之さんの大事な仕事である。