害虫ゼロを“目指さない”発想の転換。土着天敵の徹底利用、JAそお鹿児島におけるピーマンIPMの取り組みに学ぶ
2026.10.19
鹿児島県の大隅半島地域は全国有数のピーマン産地だ。JAそお鹿児島ピーマン専門部会を中心にIPM(総合的病害虫・雑草管理)への先進的な取り組みが進められている。特に、新規就農者獲得による産地力の復活劇と、土着天敵の徹底的な利用を核とした防除体系の確立と普及は全国的に注目された。ピーマンIPMの最先端を行く同地の、農業生産者・JA・県が共に歩みを進める取り組みは白眉と言える。
メイン写真:ハウス内にもバンカー植物のゴマ、クレオメ、ソルゴーが植えられ、それぞれ異なる天敵系統の“棲み家”として機能している。/【写真左】JAそお鹿児島ピーマン専門部会 元部会長 ピーマン天敵研究会会長 下前泰雄さん、【右上】鹿児島県大隅地域振興局 曽於畑地かんがい農業推進センター 農業普及課 藤崎成博さん、【右下】JAそお鹿児島東部総合センター 農産課 重信和気さん
産地の窮状からの再生
出発点は新規就農者
JAそお鹿児島ピーマン部会は志布志市を中心とする農業生産者で構成され、2026年6月現在で109世帯が所属する大所帯だ。日本全体が農業人口減少に悩まされるご時世のなか、同地では新規就農者も増加している。
志布志市農業公社が研修生を受け入れ、技術習得を支援することで産地への定着につなげている。県外からも、東京、群馬、横浜などから就農希望者が訪れ、毎年最大3組を受け入れている。
しかし、この産地はもともと安定したものではなかった。1970年代にピーマンの指定産地となり、ピーク時には約100戸(22.5ha)まで拡大したが、1990年代には38戸(7.5ha)にまで縮小、産地存続そのものが危ぶまれる状況に陥っていた。
この危機に際して1996年に志布志町農業公社(当時)が設立され、全国から新規就農者を募集する仕組みが始動した。研修助成金、転居支援、住宅手当、機械貸与などの手厚い支援を背景に、夫婦就農を前提とした定着モデルが構築された。
天敵の棲み家として機能するバンカー植物。
この公社とともに産地復活の核となったのが、県・JAそお鹿児島・農業生産者が一体となって取り組んだIPM・天敵利用だ。この取り組みは2015年に第44回日本農業賞・集団組織の部で大賞を受賞したから、ご存知の方も多いはず。その受賞から約10年を経た今、産地はどうなっているのだろう。
害虫ゼロを目指さない
発想の転換
「これまで多くの農家さんのハウスを見せていただきましたが、そのなかで一番きれいな、惚れ惚れするようなピーマンが実っています」(藤崎さん)
IPMが本格導入される以前、同地のピーマン栽培ではミナミキイロアザミウマなどの害虫が深刻な問題となっていた。そのうえ新たな侵入害虫の増加と薬剤抵抗性が発達したことで、従来の農薬体系は機能不全に陥っていた。JAそお鹿児島ピーマン専門部会の元部会長であり、現在はピーマン天敵研究会会長を務める下前さんは当時をこう振り返る。
34aのハウスでピーマンを栽培する下前さん。バンカー植物でハウス周囲にいる土着天敵を呼び込みつつ、ハウス内も土着天敵が活動する環境を整えている。
「薬剤が効くうちは、どうしても天敵は後回しになります。しかし効かなくなった瞬間、圃場は一気に崩壊します。実際、圃場が“廃墟のようだ”と感じるところまで追い込まれたこともありました。そこで初めて、害虫をゼロにするのではなく、経営できる密度に抑える、という考え方に切り替わりました」。
IPMの本質は、害虫と天敵のバランス制御だ。そこで下前さんは「選択性農薬を補助的に用いながら、ハウス内の生態系を壊さずにピーマン生産を持続可能にする体系」への転換を志した。それは端的に言えば、天敵を中心に据えた防除体系への転換である。
そこで下前さんを始めとした農業生産者のほか、JA職員、県職員は、IPMの最先端を行く高知へと視察に赴いた。そこで得た知識をもとに、2003年頃から天敵の導入を開始した。
「当初はアザミウマ防除を目的として、市販のククメリスカブリダニを導入しましたが、効果は安定しませんでした。その後、2009年にスワルスキーカブリダニが登場し、アザミウマ・コナジラミ双方への効果が確認され、一気に普及しました。スワルスキーは比較的高温でも活発に活動します。さらに、ピーマンの花粉を餌にするため、より確実に定着するのです。これにより2011年には部会員のほぼ全ハウスにスワルスキーが導入され、現在でも約9割が利用しています。スワルスキーは今でも、基幹的に利用されています」(下前さん)。
JAそお鹿児島東部総合センター農産課の重信さん。
この流れについて、JAそお鹿児島東部総合センターの重信さんは次のように語った。
「農薬体系から天敵体系への転換は簡単ではありませんでした。ただ、現場で“効いている”という実感が出たことで、流れが一気に変わりました。JAとしては技術を押し付けるのではなく、まず成功事例を作り、それを横に広げる役割に徹しました。その成功事例を作り先頭に立ってくださったのが下前さんでした」。
土着天敵の体系化と
IPMの鹿児島化
下前さんはピーマン一本、ハウス面積約34a。営農は研修生+雇用1名で行っている。下前さんが中心となって開発した技術の特徴は、市販天敵だけに依存しない点にある。むしろ核となっているのは“無料で使える資源”である土着天敵。この土着天敵を核にした防除体系を、下前さんは試行錯誤を繰り返しながら独自に構築してきた。
ハウス内を案内していただくと、ピーマンの葉裏にタバコカスミカメが多数確認できた。またバンカー植物のソルゴーに発生したアブラムシをテントウムシが捕食している様子も確認できた。下前さんはそれを指しながら説明してくれた。
「ソルゴーはアブラムシ類への対策です。ソルゴーにヒエノアブラムシというアブラムシを発生させて、これをエサにする天敵(テントウムシなど)を増やします。この天敵がピーマンの害虫となるアブラムシを減らす、という方法です」(下前さん)
「これは意図的に作っている生態系です。スワルスキーが補食できないような大型のアザミウマに対峙する必要が出てきました。それに使える選択的殺虫剤の数が少ないため、ここへの土着天敵の利用を考えたのです。そして行き着いたのが、タバコカスミカメとタイリクヒメハナカメムシでした」。
ハウスの外に植えられているバンカー植物(ゴマ)。時期によっては、ここにソルゴーも植えられている。このバンカー植物に周囲からタバコカスミカメを集める。(写真提供:JAそお鹿児島ピーマン専門部会)
「タバコカスミカメのバンカー植物となるのがゴマとクレオメ。ハウスの外にも植えておき、周辺に呼び寄せておきます。ゴマは寿命が短いので、クレオメを植えることで、タバコカスミカメを長期にわたって維持できます」(下前さん)
「土着天敵の利用は技術的には1ランク上になるのですが、多くの部会員が積極的に取り組んでいます。何故だか分かりますか? 土着天敵は“タダ”だからです。天敵を買って使えば効くよ、と言っても二の足を踏みますが、周囲にいる虫を呼び込むことで防除できるとなれば、みんな頑張りますよ」と、下前さんは笑顔で続ける。鹿児島県大隅地域振興局の藤崎さんは、下前さんのハウスを見てこう評した。
「下前さんは多収のための環境制御に特別なこだわりがない、と言いましたが、それでもピーマンにアザミウマが食害した痕跡がほとんどありません。これは天敵が活動するハウス内環境に整えている証拠です」。
下前さんはピーマン専門部会長の任期を終えた後にも継続して天敵体系を構築するため、ピーマン天敵研究会を設立した。
「高知の事例を見に行きましたが、それを単純に鹿児島で導入しても、決して上手く機能しませんでした。当地の気候、作型、害虫とは違うからです。当地の環境に合わせて“鹿児島化”するために試行錯誤が必要でしたから、長期戦になりましたね」(下前さん)。
下前さんを中心に土着天敵を徹底利用する技術をマニュアル化し、毎年更新する体制を整えた。産地に根付かせる役割を担った重信さんは「研究会が技術を作り、実践しマニュアル化する。その技術をJAが全員に届ける。この役割分担が機能したことが大きかったと思います」と振り返った。
マニュアル「大隅半島土着天敵活用の手引き 令和7年版(促成ピーマン編)」は九州農政局のホームページ上に掲載されており、これを参考にしたIPMは県外へも波及している。
新規就農者と産地再生
土着天敵利用の未来
鹿児島県大隅地域振興局曽於畑地かんがい農業推進センター農業普及員の藤崎さん。
志布志市農業公社による新規就農者の受け入れは、産地再生の中核である。1996年に始まったもので、2026年時点で31期目を迎える。これまでに153名(2025年7月現在)もの新規就農者を輩出しており、県外出身者が多いことが一つの特徴となっている。ここで力を込めて説明してくれたのは藤崎さんだ。
「2年間の研修期間のなかで、今日ご覧いただいた“土着天敵を徹底的に利用したIPM”がスマート農業などと共に伝えられています。当然のことですが、外から来た人や新規就農で異分野から来た人は知識がありませんから、既存のやり方にとらわれません。特にIT出身の方などはデータで圃場を見る感覚があります。それらが鹿児島ピーマンIPMを組み合わせた相乗効果で、産地全体のレベルが更に引き上げられると期待しています」。
重信さんはJAの役割を次のように表現する。
「JAが引っ張るのではなく、農家・県・JAが横並びで動くことが重要だと感じています。特に下前さんのような実践者がいることで、技術が磨かれていきます。その過程で県とJAは伴走し、県が支援してJAが実働部隊として仕組み化する。この三位一体となった取り組みを受賞後も10年以上続けてきました。それがこの産地の強さです」。
現在、JAそお鹿児島のピーマンは全国有数の規模を維持しつつ、IPMと環境制御を両輪とした持続型農業へと、さらなる進化を遂げようとしている。
選果場でパッキングされるピーマンの袋には、小さくしかし誇らし気に「IPM農作物 かごしま天敵大作戦」と書かれていた。
下前さんのハウスを後にし、JAそお鹿児島のピーマン出荷・選果拠点である志布志選果場を見学させていただいた。前日に収穫され運び込まれた大量のピーマンが選果・パッキングされていた。
「IPM産地としてのブランド価値は確実に高まっていますが、もっともっと多くの方に手に取ってほしいです。こんなに素晴らしい取り組みを続けている農家さんが、誇らしいです」(重信さん)。
土着天敵という“見えない資源”を核に、環境制御技術を融合させようと、鹿児島ピーマンは今も進化を続けている。

取材・文/川島礼二郎
写真/KAMI WORKSTUDIO
AGRI JOURNAL vol.40(2026年夏号)より転載
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