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農業こそ要注意!? 『同一労働同一賃金の陥し穴』を解説

農業にも「働き方改革」の波が押し寄せている。2021年4月より中小企業に適用された「同一労働同一賃金」は、農業にどう関わっていくのだろう? 農業法人の労務管理などに詳しい鈴木 大輔氏に解説してもらった。

「近年、農業は高齢化が顕著に進んでおり(基幹的農業従事者の平均年齢は68歳)、経営の継続性を図るには、外部雇用に頼らざるを得ない状況にあります。したがって、労働者を雇用する経営体が急増しています」と話す、すずき労務経営コンサルタンツ代表の鈴木大輔さん。

労働者を雇用する場合、施設園芸などではパートさんだけという形態もあるが、事業の継承も考慮し「正社員」を雇うケースが多いそうだ。「働き方改革関連法」の施行により、正社員と非正規社員との間の不合理な待遇差が禁止され、2021年4月から中小企業にも適用されている(大企業は2020年4月から適用)いわゆる『同一労働同一賃金』だが、これは当然ながら農業も対象となる

農業では労働者を雇用する場合、正社員とパートタイマー等の非正規労働者の両方を使うことも多いため、この法律で何が求められているかを確認し、早めに対策を講じることが必須となる。

同一労働同一賃金
その内容とは

法律の内容はどんなもの?

同一労働同一賃金は、「パートタイム・有期雇用労働法」という法律に定められている。主な内容は、以下の2点。

① 不合理な待遇差を解消すること
② 労働者に対して待遇差を説明する義務があること

対象となる待遇は、賃金に限らず、賞与・退職金・福利厚生等あらゆる待遇に及び、それぞれの待遇ごとに判断されるものだ。違反した場合の罰則は設けられていないが、指導・勧告を受ける可能性があり、場合によっては労働者から訴えられるリスクが生じる。

誰と誰の待遇差を比べるのか?

同一労働同一賃金は、同じ法人・会社で働く正社員(無期雇用)と非正規社員(有期契約・短時間労働)を比較して、両者の待遇差が不合理かどうかを問う。したがって、正社員のみ、非正規社員のみの法人は、同一労働同一賃金の対象外となることは余り知られていない。

編集部:農業において、正規・非正規の雇用形態をとっているところは、具体的にどういう経営体なのでしょう?

鈴木:正社員を雇用しているのは、法人が多いです。もちろん家族経営でも、正社員を雇用しているケースはありますが、どちらかというとパートさん中心です。逆に言うと、正社員を雇用しても利益がでる売上規模であれば、税金面等を考慮して法人化するケースが多いです。

待遇差をすべて無くす必要があるのか?

実は、正社員と非正規社員との待遇差をすべて無くす必要はない

① 職務の内容(業務の内容と責任の程度)
② 人材活用の仕組み(職務の内容及び配置の変更の範囲)
③ その他の事情

両者の間で、以上のひとつでも異なれば、待遇に差があっても構わないとされる。ただし、その差は不合理な差であってはならない。このことを「均衡待遇」と呼んでいる(法第8条)。一方、① 職務の内容と② 人材活用の仕組みが両者で全く同じなら、待遇に差を設けてはならない。このことを「均等待遇」と呼ぶ(法第9条)。

編集部:法律の内容を農業でのシーンに置き換えてみると、こういうことですね。
・職務内容=仕事の中身が同じ……現場でのあらゆる農作業(収穫作業や農機運転など)
・人材活用=転勤や昇格など……畑・ハウスなど農業では仕事現場がほぼ同じなのであまり当てはまらない

鈴木:そうですね。正社員もパートも単なる労働力とみなしているケースが散見されます。

待遇差についての説明義務がある

このほか事業主は、非正規社員から求められれば、正社員との待遇差の「内容」とその「理由」を説明する義務がある(法第14条)。よって、待遇についてなぜ差があるのか、その差が不合理ではないと考えている理由を説明し、納得してもらうことが事業主には求められるのだ。


同一労働同一賃金への
具体的な対応とは

まずは現状の確認

まず、現状、正社員と非正規社員との間でどんな待遇差があるのかをピックアップする。賃金だけではなく、各種手当、賞与、退職金、福利厚生(休暇、更衣室等)などあらゆる待遇が対象となることを忘れてはいけない。

均衡待遇か、均等待遇かの確認

正社員と非正規社員で、均衡待遇と均等待遇のどちらが適用されるのかを確認する。農業の場合、異動や転勤自体ないことは普通であり、仕事の内容や責任の程度(トラブル・クレーム対応の有無、時間外・休日労働の有無、マネージャー等の役割の違いなど)も正社員とパート従業員で異ならないケースがみられる。

この場合、「均等待遇」が求められるので、賃金に限らず全ての待遇を同一にする必要が生じるのだ。もちろん、非正規社員の待遇向上は望ましいことだが、諸般の事情から難しい場合も多いだろう。この場合には正社員の役割を見直して、仕事の内容や責任の程度をパート従業員と明確に変えることが必要になってくる。

例えば、正社員はパート従業員の管理・指揮命令を行う、時間外・休日労働はパート従業員にはできるだけさせない、正社員には評価制度やノルマを設ける等が考えられる。

不合理な待遇差は無くしていく

均衡待遇であっても、待遇の趣旨・内容によっては不合理とみなされるものがある。

例えば通勤手当の有無・金額の差だ。通勤手当とは、自宅から作業場までの交通費の補填として支給するものだから、いくら職務の内容・責任の程度が違ったとしても、正社員と非正規社員で差をつけることは不合理になると考えられている(最高裁の判例等)。

こうした例は、ほかに皆勤手当や、更衣室のロッカー使用、慶弔休暇等が挙げられる。不合理と考えられ、説明がつかない待遇差は、解消する方向で検討する必要があるだろう。

不合理ではないと考えられる待遇差は説明できるようにする

基本給や賞与、退職金の有無・金額差については、職務の内容・責任の程度に差があれば、不合理とまではいえず、説明が可能になる例が多いと考えられる。ただし、パート従業員から説明を求められた場合には、対応しなければならないので、その準備は行っておくことが必要だ。

編集部:『同一労働同一賃金』であるよう、一般企業では評価制度や面談などが設定されることがあると思いますが、農業法人では、そういったことは行われているのでしょうか?

鈴木:個人農家が法人化した一戸一法人や、零細な法人、集落単位で作られた法人(農事組合法人など)では、面接や評価制度はないことがほとんどです。就業規則もなく、人事制度自体の発想がないことが多いはずです。

しかし、先進的な農業、大規模農業を志向する比較的若い経営者の農業法人では、一般の企業と同じような人事制度を採り入れ始めています。


同一労働同一賃金は、法律で「これに違反したら罰則を与える」性質のものではない。また待遇差が不合理かどうかも、最終的には裁判所で争うほかないため、現状では政府の指針(『同一労働同一賃金ガイドライン』)や判例を参考にするほかはない。

だからといって、何もしなくてよいわけではない。同一労働同一賃金の考え方をもとに、非正規社員が納得して働く意欲が生まれる職場にすることが事業主に求められるし、それが事業の発展には欠かせない要素となるのだ
 

教えてくれた人

すずき労務経営コンサルタンツ 代表
鈴木大輔さん

宮城県仙台市の社会保険労務士・中小企業診断士・行政書士。恒常的な人手不足が続く農業において、「農業で働きたい」と希望する人々に対してどのような労働条件を提供できるのか、どのように労務管理をしていくことができるかが重要となる中、その手助けを「人材」「経営」「法務」の視点をもって行うコンサルタント。


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