農業の活路は海外にあり? 沖縄の“地域農業”と”輸出”をリードする、若き経営者の挑戦
2025/10/29
                        沖縄県のみやぎ農園は養鶏と野菜づくり、食品加工を行う農業法人。その一方で、地域の農家たちを率いるリーダーとしての姿があった。2代目の小田哲也さんは輸出を見据え、市場開拓に邁進する。
1.地域の生産者たちを束ね強い販売網を築く
2.農業の活路は海外にあり。アジアへ沖縄の野菜を知らしめる
3.「平飼い」で健康な鶏を育て元気いっぱいの卵を消費者へく
4.集い、話し合って、関係を築いていく沖縄の農業の未来を見据えて
地域の生産者たちを束ね
強い販売網を築く
沖縄県南城市でみやぎ農園を経営する小田哲也さんは滋賀県出身。千葉大学の園芸学部に進み、大学院では遺伝育種学研究室に籍を置いて、一時は研究者を目指していたこともあった。それが今では養鶏を中心とする農園の社長になっている。思いがけない未来像だったが、養鶏をメインに、地域の農家との連携、そして輸出に使命を燃やす。
みやぎ農園代表/4Hクラブ 副会長 小田哲也さん
1985年生まれ。2010年にみやぎ農園に加わり、2017年に代表取締役社長に就任。約30名のスタッフを率いる。
「院生時代に地域づくりインターンに参加した経験から、日本の地方が盛り上がっていくには農業が大切だと感じました。そして自分も農業で身を立て、人と関わりながら生きていきたいと思ったのです。しかし農業経験が全くなかったので、海外で農業研修をする制度を利用して、1年間ドイツでの研修に参加しました」。
そこで知り合ったのがみやぎ農園の次女で、現在の妻の彩乃さん。帰国を機に小田さんも沖縄に移住し、みやぎ農園にジョインした。2010年のことである。
「当時のみやぎ農園は、メインの事業である養鶏の他に、周りの農家が作る野菜を集約して販売し始めたタイミングで、地域づくりに関わっていた私としてはそこが面白かった。どうしたらみんなが儲かる仕組みを作っていけるかを考えていたら15年が経っていた印象ですね」。
みやぎ農園では提携農家の野菜を集約して販売店に卸している。
その仕組みは現在、提携している約90軒の生産者の野菜をとりまとめて販売する事業となり、みやぎ農園の大きな柱となっている。ひとつの農家では作れる品目も数量も限界があるが、それが集まると商談を有利に運べるスケールとなる。
また、個人の生産者が作っていることをラベルやパッケージで示し、市場の野菜との差別化も図る。小さな協同組合のような仕組みを作って、地域全体で農業経営のレベルアップを図る取り組みだ。
添加物を一切使用しない、自社生産のマヨネーズ。「マツコの知らない世界」で取り上げられたことで一躍全国区となった。
農業の活路は海外にあり。
アジアへ沖縄の野菜を知らしめる
こうして生産・集約した作物は、県内のスーパーや量販店にとどまらず、県外、そして国外への輸出にもアウトプットを広げている。
輸出はいま、日本の農業にとって重要なテーマだ。日本政府は2025年4月に「食料・農業・農村基本計画」の改訂を閣議決定し、人口減少に伴い国内市場が縮小する中で、日本の「食」を海外市場で拡大すべく輸出戦略を定めた。
一方で沖縄県も那覇空港から4時間以内でアジアの主要都市にアクセスできる地の利を生かして、アジアへの農産物の輸出を後押ししている。
みやぎ農園は2017年頃から少しずつ輸出への道を探り、試行錯誤を繰り返した。その知見を求められ、小田さんには講演依頼が多く舞い込む。
「輸出のための展示会や商談会に参加して、初期は自社で加工・生産しているマヨネーズを台湾で販売しましたが、甘いマヨネーズが一般的な台湾ではあまり売れませんでした」と小田さん。
嗜好の違いと輸出の難しさを実感したが、そうこうするうちに新型コロナ禍が訪れて輸出がストップ。現在はコロナ禍以前から取引のある、香港のスーパーへの生鮮野菜輸出に注力する。
野菜はパッケージされ、「沖縄琉球物語」のブランドで輸出している。
「香港には、ちょっと高くても味や生産体制に信頼のある日本の野菜に価値を置いている方々が一定数いるようで、日本のオクラ、サヤインゲン、ピーマンなどを香港に出荷しています。すると『現地で食べられている野菜を作れないか』という相談が来るようになりました。日本ではなじみがないけど香港ではポピュラーなサイシンやカイランといった野菜です。作ろうにも誰も正解がわからない中、手探りしながらなんとか生産に漕ぎつけて、提携している生産者に作ってもらっています」。
みやぎ農園でも野菜を作っているが規模は小さく、マーケットインで香港の市場に適応していくためには提携農家との連携が欠かせない。
「沖縄だけでは納入のキャパシティが大幅に増えることは望めません。県外や国外へ販売するチャンスがあるならそれを活用していきたい。今後は、シンガポールやタイへの輸出に向けて力を入れていこうと思っています」。
「平飼い」で健康な鶏を育て
元気いっぱいの卵を消費者へ
そして小田さんは主力である鶏卵の輸出も見据える。みやぎ農園の養鶏の特徴は、なんといっても平飼いであることだ。約15000羽のボリスブラウン種が鶏舎の中を自由に動き回り、自然に近い形で卵を生む。
鶏舎では、好奇心旺盛なボリスブラウン種の鶏が自由に動き回る。
「創業した頃は普通のケージの養鶏で、大腸菌や黄色ブドウ球菌などで死んでしまうヒナに対して抗生物質などを与えていたのですが、どんどん薬が効かなくなっていったそうです。しかしたまたまヒナをバナナ畑に放っておいたら、見違えるように元気が出てきた。より自然に近い育て方の方が鶏にとってよい環境なのではないか? と創業者が感じて、平飼いに移っていきました。」と話すのは、生産を管理するファームミヤギ代表の大浜善也さん。
大浜善也さん(右)は小田さんの義理の兄にあたり、平飼いの鶏を管理する。
大浜さんによれば、エサは乳酸菌と酵母、光合成細菌などの微生物が含まれた発酵飼料、それと青草を与え、健康状態を維持した鶏を育てているという。鶏糞は嫌なにおいがほとんどなく、鶏舎の土をそのまま取り出し、発酵させて二次利用する。
消化がよくお腹の中から健康になるのは、人間でいう「腸活」のようなもの。こうすると鶏卵も臭みがなく、すっきりとした味わいになるのだとか。香港からもこの鶏卵をぜひほしいと言われており、需要を見極めている。
集い、話し合って、関係を築いていく
沖縄の農業の未来を見据えて
鶏舎で行っている微生物との関わり方を畑にも活かせるのでは。そんな発想で取り組むのが、2009年からみやぎ農園が主催する「沖縄微生物農業ネットワーク」だ。農家を中心とした勉強会だったが、コロナ禍での休止を挟んで、現在はもっと広範囲の職種の人々が集まる会となっている。
「農家や食品の加工業者をはじめ、『微生物を活用した食』全般に興味のある人たちを呼んで月に一度開催しています。農業のテクニック的なこと、料理に関わること、地域コミュニティなど、その時々でテーマを決めて、みんなで意見を交わし、事例を共有してそれぞれの持ち場で活かしてもらう主旨です」と小田さん。
講師が一方的に喋るセミナーというよりも、ワイワイと全員で話し合って議題を検討しあう会。参加者にとっては、肥料の使い方や食に関しての注目の動向が知れて、農家同士や他業種とのコミュニケーションの接点にもなる。
こうして地域の人々が農業や食に対する意識をボトムアップすることで、それぞれの現場が活気づき、沖縄全体の農業のレベルが向上していく。そんな未来を小田さんは描いているように思える。みやぎ農園の地域農業と輸出をリードする試みは、他のエリアにも大いに参考になるはずだ。
                              



