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温暖化から地球を救うのは牛? 温室効果ガス排出と牛の関係とは

牛は地球温暖化の主要な要因とされることがある。しかしそれは牛の生態的特性の一つでしかない。動物の栄養ソリューションの提供を行うオルテック・ジャパン合同会社の森田真由子氏に、牛と炭素の関係をまとめてもらった。

牛が排出する温室効果ガスは
地球温暖化にどんな影響がある?

地球温暖化の原因となる温室効果ガス(以下GHG)の排出は、人類最大級の課題です。畜産に伴う糞尿処理からはメタン等のGHGが発生しますが、牛が代表する反芻動物は、さらに反芻胃での消化でメタンが発生し、それがげっぷとして大気中に放出されるため、他の動物よりもメタンの排出量が多くなります。その事実により、牛はしばしば厳しい目にさらされることがあります。 

メタンが二酸化炭素(以下CO²)以上に問題視される理由は、同じ量のCO²の28倍もの強度の温暖化力があるとされているためです。しかし、CO²は分解されるまで100年ほども大気中で温室効果をもたらし続けるのに対し、メタンは大気中から約12年で消失します。つまり、CO²が「蓄積GHG」として引き起こす温暖化量は常に過去100年の蓄積総量によるのに対し、メタンが「短寿命GHG」として引き起こす温暖化量は、過去12年の排出量によってのみ決まり、長期的な影響は少ないのです。

オックスフォード大学のMyles Allen教授らは、「メタンの排出量を10年間で3%減少できれば、むしろ地球の冷却につながる。(2022)」と述べています。このことは牛由来のメタン排出強度及び排出量を様々な方法で低減することが、即効性のある直接的な気候変動対策となりうることを意味します。(図1)

図1:メタンの地球冷却効果


①CO²もメタンも、排出量が増加すればいずれも温暖化を進める。

②しかし排出量が一定の場合、CO²の場合は大気中への蓄積が続くため温度の上昇が継続する。一方でメタンの場合は、大気中濃度が一定となり、ほぼ一定の温度を保つ。

③CO²排出量が急速に減少しても、ゼロにならず少しでも排出があれば温度上昇は続く。対して、メタンは排出量が10年間で3%だけでも減れば、メタンにより高まった温度は低下が始まる。CO²の排出量が「ネットゼロ」となった場合も、温暖化レベルはその後も何十年も維持される。しかしメタンの排出量が「ネットゼロ」となった場合、メタンは大気中での寿命が短いため、温暖化レベルは急速に低下し、2~30年以内には半減、その後も低下が続く。

 

牛が排出するメタンの
量や強度を減する方法は?

1. 育種改良

環境負荷低減につながる遺伝的特性を持つ牛を特定・選抜し、群の遺伝的特性を制御・向上する技術の実用が進んでいます。例えば、英国の政府外公共機関であるAHDBは、世界初の遺伝的特性評価係数である「EnviroCow」を開発し、生産寿命が長く、生産性・繁殖成績・飼料効率に優れた特性を持つ牛を生産者が見極めることを可能にしました。このシステムは既に種雄牛の選抜等に実用されており、上位10%内に分類される高評価牛は、下位10%の牛と比べて、メタン排出量が補正乳量1L当たり21%少ないという結果が明らかにされています。

2. 飼料効率の改善

飼料要求率(FCR)の改善はGHG排出強度を直接的に低減します。例えば、英国政府系環境認証団体のCarbon Trustは、飼料添加物「イーサック1026(オルテック社)」が牛のルーメン微生物に働きかけ、乳量・乳脂肪/乳タンパク質量の増加、及び窒素吸収の促進による増体改善を通じて、炭素排出量削減に貢献すると認証しています。

3. 新規技術

牛体内のメタン産生量を減らす手段として、メタン生成菌を阻害する「メタンワクチン」や、ルーメン内微生物相の構成に影響する「抗菌性物質」、メタン生成菌の活性を阻害する「カギケノリ」、エネルギー飼料でもある「脂肪酸カルシウム」、化学物質の「3-ニトロオキシプロパノール」や「ポリフェノール」等、様々な飼料添加物が国内外で調達可能、または開発・効果検証段階にあります。重要なのは、牛の生産性や収益性を犠牲にせず、そのコストも続けられるものであることです。なお、日本ではエッセンシャルオイルをベースにした新しい植物性ソリューションである「アゴリン・ルミナント(オルテック社)」の発売も予定されています。

温暖化の議論で欠かせない
「炭素サイクル」とは?

温暖化の議論はGHG排出に集中しがちですが、実際には「炭素サイクル」全体をとらえる必要があります。自然界では、大気中の化学反応でメタンから還元された炭素は、植物の光合成により土壌と植生に取り入れられます(これを「炭素隔離」と呼びます)。そしてその植物を牛が食べて体内に炭素が取り入れられ、またメタンとして大気中に放出され……と同じサイクルが繰り返されます。これが炭素サイクルであり、牛は本来その一部であるのです。(図2)

実際に、Buck Island Ranch(米国フロリダ州)という肉牛牧場では、州環境保護局とオルテックが行っている実証試験により、炭素サイクルに牛が存在するときの方が、そうでないときよりも、多くの炭素が大気中から土壌に隔離されることが明らかにされており、むしろ「カーボンポジティブ(炭素排出量より吸収量の方が多い状態)」ですら達成できることが示されています。

図2:放牧牛の炭素サイクル

カーボンクレジット活用で
収益を得られる?


先述の通り農業はGHGの主要排出源の一つですが、実際には主要な炭素隔離源でもあります。農業は、自らのGHG排出量を削減できるだけでなく、他セクターからの排出を回収し、貯留できる能力を備えており、世界中の人々に食を供給しながら、地球の回復に貢献できるという特別なポジションにあるのです。カーボンクレジットとは、例えば畜産生産者等が行った活動によるGHG排出削減量をクレジットとして国や団体が認証する仕組みです。生産者は、地球温暖化対策への貢献等のためにクレジットを必要とする企業等にそれらを売却することにより収益を得ることができます。

農業セクターはカーボンクレジットシステムの活用により、収益性も一層高め得るのです。実際に、大手チョコレートブランドのバリーカレボー社は米国で、またスイスの乳業組合であるMooh Cooperativeはスイスで、牛向けメタン排出削減ソリューションの「アゴリン・ルミナント」を用いたVCSプロジェクトが認証され、クレジットの発行を受けています。持続可能な食料システムの構築を目的に農林水産省が2021年に策定した「みどりの食料システム戦略」においても、J-クレジット制度をはじめとするカーボンクレジット制度の活用が大いに期待されています。

さいごに

地球人口は2050年には100億人を超えるといわれており、食料需要は高まる一方です。ヒトが食用にできない繊維を主な栄養源として活用し、高品質なタンパク質を生み出す牛は、これから一層欠かすことのできない人類のパートナーです。メタンの排出源として見られがちな牛ですが、特有の生態がむしろ温暖化の解決策となりうることも併せて知っていただければ嬉しいです。

『オルテック酪農セミナー2023』開催!

開催日時:2023年12月12日(火) 13:00~16:15ごろ(予定)
(上記日程でセミナーの配信を行い、終了後7日間アーカイブを視聴していただけます。)
参加方法:特設サイトへアクセスし、参加登録をお願いします。(セミナー開催日には同じサイトからパスワードでセミナー視聴ページへご入場いただけます。)
参加費用:無料
お申込み/視聴サイト詳しくはこちら!

セミナープログラム

13:00-13:10 「開会のご挨拶」オルテック・ジャパン合同会社 代表執行役社長 中山 圭
13:10-13:55 「子牛の哺育管理の重要性」広島大学大学院統合生命科学研究科 家畜飼養管理学 杉野 利久教授
13:55-14:10 杉野先生のライブ質疑応答
14:10-14:40 「酪農現場の労働力確保について」有限会社ファム・エイ 長渕 豊様
14:40-14:50 長渕様のライブ質疑応答
14:50-14:55 休憩
14:55-15:25 「循環型酪農と6次化の取組みについて」有限会社小林牧場 小林 智行様
15:25-15:35 小林様のライブ質疑応答
15:35-16:15 「環境持続可能性向上に貢献できる酪農へ ~飼料を通じたGHG排出対策(仮)」オルテック・ジャパン合同会社
16:15 閉会

※ プログラムの内容及び開催時間は、本情報配信時点における予定であり、内容が随時変更となる可能性があります。最新の情報は特設サイトをご確認ください。

 

PROFILE

オルテック・ジャパン合同会社

森田真由子さん

まったくの異業種から畜産の世界に飛び込んで13年、畜産・農業の重要性と可能性に胸を熱くしている。家族は農家としてトマトを中心とした野菜類と酒米を手掛けている。


AGRI JOURNAL vol.29(2023年秋号)より転載

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