電力会社が米づくりに参入! 節水型乾田直播の本格実証

中部電力は、2025年から愛知・長野・三重の3県で、田んぼに水を張らない水稲の節水型乾田直播の本格実証に取り組んでいる。将来的には中部エリアを中心に数千ヘクタール規模の産地形成を目指している。

メイン画像:本格実証1年目の稲刈り(愛知県新城市)

 

節水型乾田直播で
農水省が官民協議会を発足

2025年10月上旬、愛知県新城市の山あいの田んぼで、初めての稲刈りを特別な思いで見つめる人たちがいた。大手電力会社の中部電力(本社:愛知県名古屋市)は、「食農」領域での事業開発の一環として、2025年から水稲の節水型乾田直播の本格的な実証に取り組んでいる。

同社マルチユーティリティ本部の犬飼涼二さんは「節水型乾田直播という新しい栽培方法が、農業分野の課題を解決する手段の1つになり得ると思い、新規事業として取り組み始めました。農地転用などによって田園風景が失われることを残念に思い、この景観を守る方法を模索していたことも理由の1つでした」と説明する。

節水型乾田直播は、田んぼに水を張らずに乾いた状態(乾田)のまま種をまき、必要最小限の水で育てる栽培方法。育苗、代かき、田植えや水の管理を行わずに済むため、労働コストは約6割削減。水を張ることで生じるメタンガスの排出も約8割抑えられると見込まれている。

農林水産省輸出・国際局は、2024年2月から全国8つの農業法人、日本や欧米の資材メーカー、国内外の研究機関などをメンバーに「超低コスト・低メタン輸出米官民タスクフォース(官民協議会)」を発足させ、節水型乾田直播の栽培・輸出実証事業を開始している。

農水省は、研究機関による技術体系の検証、実証栽培によるデータ収集・分析、スマート農業機械の支援などの事業費を2026年度当初予算案に計上している。

愛知・長野・三重の
3県で本格実証

愛知県新城市にある実証田

中部電力は、農業ベンチャーのNEWGREEN(本社:東京都小金井市)と連携し、2025年は愛知、長野、三重の3県で実証した。このうち、愛知県新城市では山あいにある2.2haの田んぼを借りて「あいちのかおり」を栽培した。

地元のJAに機械作業を委託し、八百富(本社:三重県伊勢市)とともに栽培管理を行い、NEWGREENのサポートを受けて、2025年1月下旬に耕起作業を開始した。1年半にわたって耕作されずに草が生い茂った山あいの田んぼ。担当の犬飼さんは農業経験が全くなく、手探りの状態で1年目の本格実証が始まった。

2025年3月下旬に播種作業

播種は3月24日と26日の2日間で実施した。節水型ではない乾田直播に取り組んだ経験がある地元の生産者が、V溝直播機とドリルシーダーを使い、それぞれほぼ半分ずつの面積に種をまいた。節水型乾田直播は、播種深度が重要なポイントだ。地元の生産者は過去に乾田直播の経験があったため、3cmから5cmの深さで播種をすることができた。

V溝直播機を使用した田んぼは適度に鎮圧をして水の浸透を抑えたが、ドリルシーダーを使用した田んぼは鎮圧が不十分だった場所があり、この鎮圧の確実性が収穫時に明暗を分けた。

V溝直播機で播種した直後

長野県と三重県では、地元の農業法人に栽培管理を委託した。長野県富士見町では、35aに「あきたこまち」を、三重県多気町では20aに「にじのきらめき」を作付けした。

愛知県新城市の山あいの田んぼで実証していることについて犬飼さんは、「中部電力は、グリーンインフラの維持充実を目標の1つとしており、条件が難しい土地でも農業を行い、収益性の高いモデルを構築することを目指しています」と力を込める。

播種して2ヶ月後の5月22日

愛知では6月下旬まで水入れなし
10aあたり平均258kgの収量

6月12日

愛知県新城市の田んぼでは、播種後に定期的に雨が降ったため、6月下旬まで水入れを行わなかった。その後は天候を見ながら、計6回水入れを実施した。8月中旬に出穂したが、夏場の猛暑と鎮圧の不足などにより、田んぼ全体に水が行き渡らなかったところがあり、一部で立ち枯れした稲もあった。

7月11日

稲刈りは10月上旬に実施した。愛知県新城市の田んぼでは10aあたりの収量が360kgの目標に対して、平均258kgだった。最も収量が高かった田んぼは、保水剤を適切に使用したところで、目標を上回る378kgの収量があった。

その一方で、水不足に見舞われた田んぼは収量が78kgにとどまったところもあった。長野県と三重県の田んぼでは、播種深度が深かったため、発芽不良や生育の遅れがあり、期待した収量を確保できなかった。

収穫した米は
地元企業の社員食堂に提供

左 節水型乾田直播の稲、右 移植栽培の稲

2026年以降は、愛知、長野、三重の3県で節水型乾田直播の栽培面積を増やしていく。収量を確保するため、「土壌改善AIサービス」も活用する。秋の雑草対策としては、収穫後に除草剤を散布する作業を2025年から実施している。播種精度の安定化に向けては、特に三重県と長野県で機械設定を厳密に行うなどして改善に取り組む。

「播種後の鎮圧は田んぼに水を行き渡らせるとともに、保水性の向上につながります。雑草を一斉に出現させて除草剤を効果的に使用するためにも、鎮圧が重要だと感じています」(犬飼さん)。

収穫した米は、JAあいち経済連を通じて社員食堂・給食事業を展開するエームサービス株式会社(本社:東京都港区)に販売し、愛知県の企業の社員食堂で提供する。「社内でブラインドテストをしましたが、移植栽培の米と同じくらいおいしいという結果が出ました。水分量やおいしさを表す指標の食味値も、移植栽培の米と変わりません」と犬飼さんは胸を張る。

将来的には、中部エリアを中心に
数千ヘクタール規模を目指す

中部電力マルチユーティリティ本部は、節水型乾田直播のほかにも、植物工場や施設園芸の施設園芸の高効率化、環境負荷低減など、新しい食農関係のビジネスへのチャレンジを進めている。

犬飼さんは、「将来的にはサプライチェーンを構築し、中部エリアを中心に数千ヘクタール規模の産地形成を目指しています。自社だけでなく、パートナーの農業者などと協力してこの目標を達成したいと思っています。流通面では、中部電力がScope3の脱炭素化に取り組む企業への米卸販売を目指し、最終的には、米の食品加工やバイオ燃料など加工販売も手がけていきたいと考えています」と前を向く。


取材・文/アグリジャーナル編集部
写真提供/中部電力

AGRI JOURNAL vol.39(2026年春号)より転載

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