20年の実践で見えた、乾田直播の省力化と課題 試験品種「とねのめぐみ」の現在地
2026.08.10
乾田直播は育苗や田植えを省ける一方、品種の特性や圃場の条件に合わせた管理が要る。約20年にわたり取り組んできた千葉県柏市の株式会社柏染谷農場を訪ね、今季試験栽培している「とねのめぐみ」の生育状況と、収穫までに何を確かめていくのかを聞いた。
1.約20年の実践で見えた、乾田直播の省力化と難しさ
2.乾田直播で使う品種に求められる特性
3.「とねのめぐみ」に期待される特性と弱点
4.「とねのめぐみ」の現在地
5.品種の特性をつかみ、管理を合わせる
約20年の実践で見えた、
乾田直播の省力化と難しさ
株式会社柏染谷農場代表取締役 染谷茂(そめや・しげる)さん
染谷さんは乾田直播を有効な方法の一つとしながら、「全部乾田直播にすればいい、ということではない」と話す。省ける作業と、そのために向き合う課題の両方があるためだ。
繁忙期の作業を減らせる
乾田直播の取り組みは、農機メーカーとの関わりをきっかけに、約60アールの圃場から始まった。染谷さんにとって大きいのは、育苗の手間をなくせることだ。
その負担の大きさを示すのが、移植栽培で使う苗箱の数だ。染谷さんによると、10アール当たり16枚ほど、10ヘクタールでは1,600枚が必要になる。苗箱への播種や育苗、水やりだけでも「結構な作業」で、さらに苗運びや田植えも加わる。乾田直播では、この一連の作業がなくなる。染谷さんは「楽は楽だよね」としたうえで、「後は今までの問題点をどうクリアするかということだよな」と話す。
省力化の一方で残る課題
まず課題になるのが雑草だ。代かきをしないため、雑草が増える前から防除の時期を判断し、適切なタイミングで除草剤を使わなければならない。除草剤の効かない草もあり、放っておけば増えていく。「手で取るしかないんだよ」と染谷さんは言う。
水管理では、播種時と入水後で求められる状態が変わる。播種時は田に水を張らず、乾いた状態を保つ。一方、出芽後に水を入れてからは、水が抜けすぎないように管理する。周囲の水田から水が入りやすい場所では、播種時に田を乾いた状態に保つことが難しくなる。反対に、水が抜けやすい土質の圃場では、入水後の水管理に手間がかかる。
このほか、田面を平らに整える均平作業も必要だ。
こうした課題の現れ方は、圃場の条件によって変わる。染谷さんは「一つ一つの改善点をクリアしていく。それが大事なんじゃないですかね」と話す。
乾田直播で使う品種に
求められる特性
株式会社アグリシーズ代表取締役社長・農学博士の山根精一郎(やまね・せいいちろう)さん
乾田直播では、移植栽培とは異なる条件下で稲が育つ。山根さんは、品種を見る主なポイントとして、苗立ち・耐倒伏性・収量・品質の4つを挙げる。
苗立ちと倒れにくさを見る
移植栽培では苗箱で苗を育てるため、苗立ちはあまり問題にならない。田に直接まく乾田直播では、どの程度発芽し、その後も生育できるかが重要になる。
倒れにくさも同じだ。移植栽培は苗を土の中に植えるため比較的倒れにくいのに対し、直播は浅い位置にまくため、どうしても倒れやすくなる。山根さんは、倒れにくさを示す耐倒伏性を重要な形質だと話す。倒伏は収穫前の雨や風に加え、施肥によって茎が軟らかくなることでも起こる。
苗立ちは生育初期に確認できるが、耐倒伏性は収穫期まで、収量と品質は収穫後まで見なければ評価できない。
品種の特性と圃場条件を分けて見る
山根さんが挙げた4つは、いずれも品種そのものに求める性質だ。一方、雑草管理は品種には関係しないと山根さんは言う。雑草の発生や水持ち、水はけ、田面の均平は、圃場によって変わる。
「とねのめぐみ」に期待される特性と弱点
「とねのめぐみ」の品種特性。今回の柏染谷農場での試験結果ではない(資料提供:株式会社アグリシーズ)
山根さんによると、「とねのめぐみ」は過去に埼玉県、茨城県、愛知県、福岡県で乾田直播に使われてきた。ただし、その実績は2022年で止まっている。種子の供給が途絶え、栽培が3年間途切れたためだ。昨年9月、アグリシーズがこの品種の権利と種子を引き継ぎ、供給を再開した。今季、乾田直播で栽培しているのは柏染谷農場だけだ。
地域や栽培管理の条件も、事例ごとに異なる。過去の評価を今回の試験栽培にそのまま当てはめることはできない。
倒れにくさを収穫まで見る
山根さんは、「とねのめぐみ」の特性として、稈(かん)の太さや根張りのよさを挙げ、倒れにくい品種だと説明する。過去の生産者からは、「おいしい」「倒れない」「収量が高い」という評価が寄せられているという。ただ、これらの評価には移植栽培の結果も含まれる。
今回の乾田直播で倒れにくさがどのように表れるかは、収穫期までの生育を見て判断する。食味や収量も、収穫後に確かめることになる。
耐暑性といもち病抵抗性が弱点
アグリシーズは、耐暑性といもち病抵抗性を「とねのめぐみ」の弱点として挙げている。このうち、いもち病については、適切に防除すれば防ぐことができると山根さんは説明する。
弱点があっても乾田直播に向くのかを尋ねると、山根さんは「基本的に必要な形質は全部持っています」と答えた。倒れにくさなどの長所と、こうした弱点の両方が実際の圃場でどう表れるのか。それを確かめるのが、柏染谷農場での試験栽培だ。
「とねのめぐみ」の現在地
乾田直播で試験栽培されている「とねのめぐみ」(2026年7月13日時点)
柏染谷農場では、これまで乾田直播にコシヒカリを使ってきた。染谷さんは、コシヒカリで問題なくできていたため、他の品種はあまり考えていなかったという。今回、乾田直播に向くとの説明を受け、「乾田直播に向いているんだったら、やってみようか」と、60アールでの試験栽培を引き受けた。
生育は順調、評価は収穫後
取材時点の「とねのめぐみ」生育状況
「とねのめぐみ」の発芽や苗立ちについて、染谷さんは「問題ないと思います」と話している。これまで栽培してきたコシヒカリと比べても、苗立ちに極端な違いは感じていないという。取材した7月中旬の時点でも、生育に目立った問題は見られなかった。ただし、確認できているのはここまでだ。評価はこれから、収穫後までかけて行うことになる。
品種の特性をつかみ、
管理を合わせる
左が「とねのめぐみ」、右がコシヒカリ。播種日や施肥量、土壌条件をそろえた比較試験ではない
柏染谷農場では、移植栽培を含めて10品種ほどを手がけている。「いろいろな品種を作っているけど、それぞれ全部、育ち方が違うんですよ」と染谷さん。コシヒカリと比べて「とねのめぐみ」にどのような特性を期待するか尋ねると、「特性というより、担当する人たちがその特性を早くつかむことなんだよな。それで、その品種に合った管理をする」と答えた。
「とねのめぐみ」についても、苗立ち後は雑草を抑え、生育に見合った肥料を与えていくことになる。とはいえ、染谷さんは「その時期に、コシヒカリと同じことをやっていたら、駄目かもしれない」と話す。圃場の水持ちや田面の均平といった条件も踏まえ、どのような管理が合うのかを見ていく。今回の試験は、品種の特性と圃場条件、管理の組み合わせを確かめる途中にある。
取材協力
写真・文/相馬はじめ
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