就農1年目から反収40トンを実現! 「キュウリの神様」が伝える環境制御技術と人づくり
2026.10.21
「暖房の設定温度を下げることが目的ではない」――キュウリ栽培における本当の省エネとは何なのか。収量を落とさないよう、生産者が自らの判断で環境制御技術を使いこなすことが、結果として省エネにつながる。佐賀県武雄市で「キュウリの神様」と呼ばれる男性の思いに迫る。
メイン画像:佐賀県武雄市で研修生を指導する山口仁司さん(写真奥)
キュウリの神様が語る
本当の「省エネ」とは
佐賀県のキュウリ産地で導入が進む環境制御技術。その現場を訪れると、一般的な「省エネ」という言葉だけでは語れない、ひとりの生産者の哲学が見えてきた。
「暖房用の燃料を減らして収量が落ちたら、それは省エネではないんですよ」。
そう語るのは、佐賀県武雄市で長年産地を支えてきた山口仁司さん。ハウス内で目指しているのは、単純な燃料削減ではなく、“キュウリに適した環境”をいかに維持するかだ。
近年、燃料価格の高騰を背景に、施設園芸では暖房コスト削減が大きな課題となっている。しかし、加温を無理に抑えれば、湿度がこもり病気が発生しやすくなる。結果として収量が落ちれば、経営は成り立たない。
「人間も服がぬれたら気持ち悪いでしょう。キュウリも同じ。葉がぬれ続けると病気が出るんです」。

ハウスの外から見た外気導入の導入口。
その考えのもと、ハウス内では“葉をぬらさない管理”を徹底している。朝方に暖房のスイッチを入れ、空気を循環させて、ハウス内の温度ムラを減らす。山口さんの栽培方法で特徴的なのが「外気導入」の活用だ。山口さんは10年以上前から暖房ダクトを活用した外気導入に取り組んできた。

暖房ダクトを活用した外気導入。換気窓を大きく開けずに湿度や温度ムラを抑える。
通常、冬場のハウスは換気窓を開けて空気を入れ替えるが、その際に暖気やCO2も逃げてしまう。そこで暖房機とダクトを利用し、暖気と外気をハウス内へ送り込むことで、換気窓を大きく開けずに空気を循環。温度ムラや湿度を抑えながら、病気の発生を防いでいる。また冬場だけでなく、夏場も暖房ダクトを利用して外気を循環させることで、ハウス内の空気環境を整えている。
良い状態を知る
それが判断力になる
山口さんは“設備があるだけでは意味がない”とも強調する。重要なのは、いつ、どの程度、どのように外気を入れるのかという判断だ。天候、湿度、葉の状態、生育スピード、それらを総合的に見ながら調整していく。
「いまは“勘”じゃない。“判断力”なんですよ」。

パソコンの管理画面。
ハウス内には複数のセンサーが設置され、温度や環境データはスマートフォンでも確認できる。それでも最後は、生産者自身が作物を見て、ハウス内の環境を体感して判断するのが山口流だ。ハウス内を歩きまわり、温度差を感じたときはダクトの穴の向きを変えたり、穴の場所を変えたりして、ハウス全体が心地よい環境になるように調整しているという。
同じ九州でキュウリの産地として知られる宮崎県に比べると、佐賀県は冬場の日照条件に恵まれず、栽培管理が難しい面もあるという。そのような環境で、安定的な生産をいかに効率的に行うのか、ということを考え栽培を続けてきた結果、「条件が厳しいからこそ、技術で補う産地として発展してきた」と山口さんは振り返る。
研修施設が育てる
「稼げる」新規就農者たち

山口さんとトレーニングファームの研修生。
山口さんの地元である武雄市には、新規就農者を育てるトレーニングファームがある。佐賀県内のキュウリ栽培の平均反収は約20トン。一方、このファームの卒業生の多くは、就農1年目から40トン前後を達成するという。
現在山口さんは、そこでキュウリ栽培の講師を務めている。研修生たちは、実際にハウス1棟を管理しながら栽培技術を学ぶ。そのハウスは設備や環境がさまざまだ。研修生たちは、他のハウスと自分のハウスを比較しながら学んでいく。それでも判断がつかない時には、山口さんのハウスにも足を運ぶ。しかし、研修生からの質問に対し、山口さんはすぐに答えを教えない。
「失敗した時に、“なぜ、こうなったのか”を考えさせるんです」。
その積み重ねが、環境制御を“自分の技術”として身につけることにつながり、卒業までの2年間で自立して経営ができるレベルまで育つことを可能にするのだ。
山口さんが伝える
考える力の大切さ

パソコンで環境データを見て指導する山口さんと研修生。
このトレーニングファームには、東京から移住した元美容師や、市役所を辞めて飛び込んだ20代の研修生、第二の人生として就農を目指す50代の研修生など、全国から多くの希望者が集まっている。背景にあるのは、「未経験でも学べる」という安心感だ。そして、その後の就農にあたってもJAや山口さんが農地の紹介などを支援する。
「かつての農業は“弟子入り”のイメージだった。でもここの仕組みは違う」。
環境制御という高度な技術を、地域全体で共有し、若い世代へ継承していく。その仕組み自体が、このキュウリ産地の強さにつながっている。
環境制御技術を教えているようで、山口さんが本当に伝えているのは「考える力の大切さ」だ。センサーや制御技術が進化しても、最後に判断するのは人。その判断力を次の世代へ引き継ぐことこそが、産地の未来を支える力になっている。
PROFILE
佐賀県武雄市
山口仁司さん

約30年前から環境制御技術の導入・改良を進め、暖房ダクトを活用した外気導入など独自技術を確立。現在はトレーニングファームで後進育成に取り組み “キュウリの神様”と呼ばれている。
写真・文/株式会社LaTo
AGRI JOURNAL vol.40(2026年夏号)より転載
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