ミシュランシェフの農場が挑む、”地方と都市をつなぐ”取り組みとは?
2018/12/03
イタリア出身の有名シェフが、コペンハーゲン近郊のライラ市に、ひとつの農場を創設した。少量多品種で野菜・果物を有機栽培するとともに、地元の酪農家や畜産家らとも連携し、一流レストランに品質の高い食材を安定的に提供している。シェフからの視点で行う農業の現場を取材した。
デンマーク
「ファーム・オブ・アイデアズ」
「ファーム・オブ・アイデアズ」は、ミシュランで星を獲得したコペンハーゲンの一流レストラン「レレ」でシェフを務めるクリスチアン・プリージ氏が、デンマーク東部ライラ市の農村で2016年に創設した農場だ。
毎朝7時頃から、その日に畑から出荷する農作物を収穫。午前中までに洗浄、計量、梱包を行った後、シェフがコペンハーゲンに1時間程度かけて車で運び、レストランで調理・提供する。Farm of Ideasの作物を利用する4店のレストランは、いずれも新鮮な野菜をメインとしたスカンジナビアクイジーンを提供し、美味しく健康にも配慮された食スタイルを好む欧州の消費者に大変人気な店舗である。
©Mirabelle
2haの畑では、ケール、ルッコラ、ビーツ、ズッキーニ、ハーブなど、希少野菜を含む65種類以上の野菜を有機栽培。小高い丘に広がる牧草地には、乳牛やブタ、ウサギなどが放牧され、のびのびと生活している。このほか、トマトや唐辛子などを栽培する菜園ハウスや育苗ハウス、加工作業場も併設。ここで収穫された野菜や、家畜から得られる生乳、卵などは、「レレ」をはじめ、プリージ氏が主宰するコペンハーゲン市内の4軒のレストランで食材として利用されている。
首都コペンハーゲンから約45km西に位置するライラ市は、大都市の近郊にありながら豊かな自然に恵まれ、先進的なオーガニック政策に取り組む地域としても知られている。プリージ氏は、ガストロノミー(美食学)と農業、都市と地方とを融合させた実験的な場として、地主から土地を借り受け、「ファーム・オブ・アイデアズ」を創設し、自らこれを経営してきた。プリージ氏らシェフにとっては、自ら畑を耕し、農作物の栽培に直接たずさわることで、食材についてより深く知り、品質の高い食材を安定的かつ効率的に生産するための知見やノウハウを習得する機会にもなっている。
「ファーム・オブ・アイデアズ」の運営においては地元の農家とのつながりも重視している。畑には農作業に従事する実習生2名が常駐し、近隣の農家や住民との日常的な交流を深めているいるほか、食材の引き取りのために、毎朝、レストランのシェフがコペンハーゲンから足を運び、地元の酪農家や畜産家からも食材を購入している。
©Farm of Ideas
また、「ファーム・オブ・アイデアズ」では、地元の農家や加工メーカー、デンマーク内外のシェフ、起業家らが一同に介するイベント「シード・エクスチェンジ」を毎年開催。食や農をキーワードに地元と都市、そして世界をつなぐオープンプラットフォームとしての役割を担いはじめている。将来的には、この地に、シェフ向けの教育機関や食や農にまつわる研究機関なども設立したい考えだ。
シェフを起点として、食と農、都市と地方をシームレスにつなぎ活性化させる、ユニークな取り組みといえるだろう。
text: Yukiko Matsuoka
AGRI JOURNAL vol.9(2018年秋号)より転載