【農水省に聞く】病害虫発生予察情報のAPI化でどう変わる? リアルタイムな情報伝達が適時適切な防除を可能に
2026.08.19
「カメムシの発生が広がっている」「去年まで見なかった害虫が発生している」――近年、そんな実感を持つ農家も少なくないだろう。病害虫発生予察情報は、防除のタイミングを判断する重要な情報だ。これまで都道府県のホームページやメール、FAXなどで届けられてきた予察情報は今、API化によってアプリや営農支援サービスでもリアルタイムに活用できるようになりつつある。
メイン写真:©Shutterstock/Jacktamrong
「予察」は「予測」ではない
病害虫発生予察情報の歴史
気候変動や栽培環境の変化にともない、病害虫の発生リスクは年々変化している。こうした状況のなかで、防除の判断を支える基盤となるのが「病害虫発生予察情報」だ。現在、この予察情報は『みどりの食料システム戦略』やデータ駆動型農業の推進を背景に、API(※)を通じて民間の営農支援サービスなどでも活用できるようになりつつある。
※API=Application Programming Interface。アプリやwebサービスが決められたルールに沿ってデータをやり取りするための仕組み。これにより、アプリが必要なデータを自動で受け取れる。
本稿では、病害虫発生予察事業の役割と、情報伝達の仕組みがどのように変わろうとしているのかを見ていきたい。
最初に気になったのは「予察」という言葉そのものだ。予測は分かる。だが予察とは何なのだろう。そう尋ねると、農水省消費・安全局植物防疫課の柳田 裕紹さんは「予察は単なる予測ではありません」と切り出した。
「病害虫の発生をいち早く発見し、被害を経済的に許容できる水準に抑える。この発生予察の考え方は、古くは明治時代からあり、法整備や調査体制の構築を経て、各地の試験場などで観察や調査が行われ、その積み重ねが現在の病害虫発生予察事業につながっています。予察にあたって、人が実際に圃場を見て回り、病害虫の発生状況を確認する。捕獲(トラップへの誘殺)調査を行う。もちろん農作物の生育状況や気象情報も考慮する。これらの情報を総合的に捉えながら、これから病害虫の発生がどうなりそうかを察知していく考え方です」(柳田さん)。
(写真提供:愛媛県)
予察灯(写真提供:農林水産省消費・安全局植物防疫課)
現在の病害虫発生予察事業の対象となるのは、国が指定する148種類の病害虫とその他に都道府県が選定する病害虫。全国の都道府県が中心となって発生状況を調査し、予報や注意報、特殊報、技術情報などの形で発信される。病害虫発生予察事業の根拠となるのは植物防疫法だ。柳田さんによると、現在の制度の前身は1941年にまで遡ることができるという。
「1940年(昭和15年)にいもち病・ウンカ類の大発生があったことを契機として、病害虫の発生を調査し、防除につなげる取り組みが始まりました。1950年に植物防疫法が制定され、翌年の法改正を経て、現在の病害虫発生予察制度が法的に整備されました。現在でもこの法制度のもとで、国は都道府県の協力のもと、全国の病害虫の発生調査結果や情報の取りまとめを行い、防除対策に係る情報を発信しています。また、国は予察調査手法の改善や予算支援、情報基盤の整備を担い、都道府県の情報発信を支えています」(柳田さん)。
温暖化と人手不足
従来の情報伝達の限界
病害虫発生予察情報の重要性が高まるなか、調査結果を迅速に伝え、防除判断につなげる仕組みづくりが求められている。
「近年は温暖化の影響もあって、病害虫の発生状況が激変しています。例えば果樹カメムシ類の発生範囲が広がっており、従来の経験則だけでは対応しづらいケースが増えています。病害虫防除というのはタイミングが重要です。発生していることを早く知り、適切な時期に対応する必要があります」と同課の古澤主帆さんは語る。
農水省は近年、果樹カメムシ類への注意を呼び掛けている。環境省の報告では、ジャンボタニシ(スクミリンゴガイ)や一部のカメムシ類について、温暖化に伴う分布域の北上が指摘されている。“例年通りの防除”では通用しにくくなっている。
「過去にはトビイロウンカに対する防除適期を逸したことにより、被害が拡大した事例がありました。病害虫によっては、初動対応が遅れることで被害が急速に広がるものがあります」(古澤さん)。
初動対応が遅れてチョウ目害虫の被害が拡大したキャベツ(©Lesovaia Irina/Shutterstock)
こうした状況下で大切なのが、予察情報をいかに早く、多くの農家の手元に届けるかだ。しかし、従来の情報伝達には別の課題があった。
「現在、各都道府県は主にホームページやメール、FAXなど様々な方法で情報発信を行っていますが、それですと利用者がホームページを検索するか、関係者からの情報提供を待つしかありません。情報が存在していても、農業者に届かなければ活用されません」(柳田さん)。
さらに近年は、情報収集や現場指導を担う側の人手不足が進んでいる。都道府県職員やJA等の関係機関による農業者への指導・巡回を、適切なタイミングで実施するのが難しくなっている。病害虫発生予察事業そのものについても、調査から情報提供、防除指導までをより迅速かつ効率的に行える体制づくりが課題となっている。
予察情報は「探す」から「届く」へ
こうした課題への対応として進められているのが、病害虫発生予察情報のAPI化だ。 農業データ連携基盤「WAGRI」(農林水産省が主導する、農業に役立つデータやプログラムを提供するプラットフォーム)を通じて予察情報をデータとして提供して、民間の営農支援サービスやアプリなどで活用できる仕組みが整備された。
「病害虫発生予察事業は植物防疫法に基づく制度です。API化が進んでも、従来の情報発信手段は引き続き活用されます。あくまでも伝達手段が一つ増えた、という位置づけです」(柳田さん)。API化により変わるのは、制度ではなく情報の届け方だ。
例えば、住友化学の病害虫情報アプリ「むしきんコール」では、APIを通じて取得した予察情報を活用し、病害虫情報を農家へ届ける取り組みが始まっている。病害虫発生速報を地図上で表示でき、プッシュ通知を設定すれば、最新情報をタイムリーに受け取れる。さらに、病害虫の発生状況を投稿して、生産者同士で情報を共有できる機能もある。
(左)「プッシュ通知」は、通知条件(都道府県・作物・情報区分)を設定すると、該当情報の公表時に通知が届く。
(右)「みんなの発生状況」は、ユーザー投稿を集約し、病害虫の発生分布を可視化する。
その他一部の営農管理システムでは、取得した予察情報を自社の圃場地図やカレンダーに重ね合わせて表示する、という高度な使い方が始まっている。
「こうしたAPIを通じて予察情報を取得することで、農家は都道府県のホームページを自ら検索したり、JAなどからの連絡を待つこともなく、登録した地域や作物に応じた情報をプッシュ通知で受け取れるようになります。また、自分の住んでいる地域だけでなく、近隣の地域でどのような病害虫が発生しているかも把握しやすくなり、地域全体で防除計画を考える際にも役立つことが期待されています」(柳田さん)。
予察情報は探しに行くものから、適切なタイミングで届くものへと変わりつつある。水稲農家であればウンカ類、果樹農家であれば果樹カメムシ類といったように、関心に応じた情報取得が可能になり、自分の圃場の状況に応じて、防除の要否や実施時期を判断しやすくなる。
農家の判断を支える情報基盤へ
取材の最後に課長補佐の藤井達也さんは、病害虫防除の本質についてこう語った。
「本省が推進する総合防除(IPM)では、『予防』『判断』『防除』を組み合わせて病害虫被害を抑える、という考え方が基本となります。そのなかにあって予察情報は『判断』を支える基盤として位置付けられており、極めて重要です。農業者の皆さんが自分の圃場を見ながら、予察情報も活用して病害虫の発生状況を把握し、適時に適切な防除を行えるよう、時代にあった発生予察事業を展開して参ります」。
病害虫発生予察の情報伝達は、人手に依存した時代からデータとして流通する時代へ変わりつつある。制度の根幹は変わらない。変わるのは情報の届け方だ。必要な情報が必要なタイミングで農家へ届くことで、防除判断が行いやすくなり、農薬散布の効率化やコスト削減、農作物の品質向上、収益性の改善など農業生産の増大にもつながることが期待されている。
農水省では今後、害虫の自動判別技術や気象データなども活用しながら、病害虫発生予察事業のさらなる高度化も視野に入れている。予察情報は、単なる「お知らせ」ではなく、防除判断を支える情報基盤として、その役割をさらに広げていきそうだ。
取材協力
農林水産省消費・安全局植物防疫課
防疫対策室国内防除第2班
課長補佐 藤井 達也氏
柳田 裕紹氏
古澤 主帆氏
取材・文/川島礼二郎
RANKING
MAGAZINE
PRESS







