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スマート農業導入による経営効果は? 大規模稲作経営体での実証研究報告レポート

スマート農業では、栽培の生産性向上や農産物の品質向上など様々な効果が謳われるが、実際に導入した場合に生産者や法人経営にどのような効果をもたらすのだろうか。今回は、秋田県の大規模稲作経営体にて行った実証研究で得られた経営効果について紹介する。

米をめぐる環境変化と
大規模稲作経営の課題

稲作経営は長期に渡る米価下落の影響を受けて収益性が悪化しており、生産者は経営向上に向けて様々な施策に取り組んでいます。筆者がインタビューをした秋田県内の大規模稲作経営体では、自ら販売先を開拓したり、地域の水田を引き受けて規模を拡大したり、米以外の品目を栽培したり、飲食業運営などにより事業を多角化するといったこと行われています。
 
秋田県では大規模・低コスト稲作経営の確立に向けた政策を展開しており、これを実現する手段の一つとしてが位置付けられています。
 
稲作における水管理は、生育のコントロールや急な気象変動の影響を和らげるなどの目的で行われています。田植えから稲刈りまで地域や品種に適切な水温・水位があり、生産者は水田の特性に合わせて1枚1枚管理をしています。水管理は米の品質や収量に影響する重要な作業であるため、大規模稲作経営体では高い技術を持つ経営層を中心に実施することが多いようです。
 
このような状況では、経営層に負担が集中します。経営面積を急激に拡大している経営体の中には、充分な水管理ができずに米の品質が低下したり、水管理作業の負担の大きさから経営面積を拡大できないといった問題が起きており、水管理作業の省力化が求められています。



水田センサと自動給水栓の
導入による経営効果とは

水田センサや自動給水栓は、水田に設置することで、水位・水温のモニタリングから給水・止水までの作業をパソコンやスマートフォン・タブレットで一貫してできるものです。遠隔から水管理作業をおこなうことで水田に赴く回数・時間を減らすことによる省力化を目指しています。この実証研究では、水田センサは株式会社イーラボ・エクスペリエンス、自動給水栓は積水化学工業株式会社が開発した試作品を使用しました。
 


図1 水田センサと自動給水栓で構成される水管理省力化システムの概要

 
この水田センサと自動給水栓を秋田県内の大規模経営体に設置したところ、10a当たりの水管理時間が削減されました。水田センサのみを設置した場合も、時間が削減されています。
 
また、秋田県には、水管理を制御することで高品質・良食味米を安定的に栽培できる技術を秋田県農業試験場が開発しています。この技術は水位を正確に管理する必要がありますが、それを水田センサと自動給水栓を使うことで簡易に実施できます。実証研究では10a当たり9%程度の増収効果が得られました。全量一等米、玄米タンパク量6.0~6.4%という品質面の効果もありました。
 


図2 高品質・良食味米生産のための水管理体系

 
その他、水管理作業をするときの移動に必要な燃料代の節減、適性な湛水下での除草剤散布による除草効果の向上・除草剤散布回数の節減、水管理のためだけに水田に行っていた時間を他作業に充当できるといった作業の効率化、水田の特性を把握する材料になるといった技術向上などの効果も得られました。水田での排水トラブルの発生状況が事前に分かって気持ちの準備ができるので、不安が軽減されるという声もありました。

得られた効果のうち時間短縮効果と増収効果を金額に換算して、便益を試算しました。水管理時間は気象や水田の条件に影響されるため、必ずしも同じ効果が得られるとは限りませんが、導入効果を具体的にイメージできるように思います。
 


図3 時間削減効果と増収効果による便益

 
一方で、水田センサや自動給水栓は、水田に設置するだけでは、その効果は限定的であることも分かりました。「長年の習慣から、つい見に行ってしまった」というように機器が使われない可能性があるためです。機器を用いた水管理作業のルールを決めて日々の作業を行うなど、作業に携わる人が機器を使う仕組みを作ることが重要です。



人工知能の活用で
様々な分析や予測が可能に

実証研究に参加した大規模稲作経営体の中には、生育のメカニズムを解明して収量の高い米作りの技術を確立しようとデータ分析を始めているところもあります。データが蓄積され、データ分析の習熟度が向上するにつれて、さらなる経営効果が得られていくものと考えています。人工知能を活用することで、様々な分析や予測が可能になっていくでしょう。
 
生産法人の経営課題を解決できるか、費用対効果があるかといったスマート農業の導入判断にしていただけるような研究になるよう、スマート農業による経営効果に関する研究を続けていきたいと考えています。
 
本稿で紹介した実証研究は、農研機構生研支援センターの革新的技術開発・緊急展開事業「農業経営体とのサービスサイエンス型水管理作業分析に基づく水管理省力化システムの低廉化と社会実装に向けた実証研究」(研究代表者:国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構農業技術革新工学研究センター革新工学研究監 吉田智一)により実施した成果です。
 

PROFILE

株式会社情報通信総合研究所

井上恵美氏

第1次産業を中心にICTの仕組みづくりに関する調査研究をおこなう。地域やそこに暮らす人々の魅力を活かした自律的で持続可能な社会を目指している。

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