里山資本主義に根ざした「6次産業化」とは? 洋食分野が伸びしろ大
2019/06/11
農業(1次産業)、加工(2次産業)、飲食や観光(3次産業)を組み合わせた形態を、1×2×3=6と考えて「6次産業」というが、里山資本主義的「6次産業化」とは何か。里山資本主義とこれからの農業の在り方について、地域エコノミストの藻谷浩介氏が説くコラム。
里山資本主義的
「6次産業化」とは?
前回まで、「里山資本主義的な農業」について解説してきた。農薬や肥料を極力使わずに(減農薬減肥料、あるいは有機農業)、低コストで健康に育てた少量の農産物を、ブランド品として高く売るという戦略がその特徴だ。これは、化石燃料を多用した「植物工場」などでの大量生産とは正反対の戦略であり、高齢化時代の要請である医食同源にもマッチするものである。
だが、生鮮農産品の価格はそうはいっても低い。以前の回で「日本の農業生産額は年間9兆円程度」「農産品の輸入額は6兆円程度」と述べたが、食料品製造業の出荷額は年間30兆円近くになる。つまり加工の過程に、多くの付加価値がついているわけだ。さらに進んで飲食業や、食事や土産物を観光客に提供する観光業まで加えれば、農業を起源にした産業の川下はもっと大きくなる。
農業(1次産業)、加工(2次産業)、飲食や観光(3次産業)を組み合わせた形態を、1×2×3=6と考えて「6次産業」というが、この6次産業化は、里山資本主義的農業の未来をさらに広げるものだ。
とはいえ現実の日本では、加工は加工業者、サービス提供はサービス事業者がほとんどを担っており、原材料たる農産物の生産者が川下までを担っている例はまだまだ少ない。そして加工業者やサービス事業者の多くには、原材料の産地や生産者を表示する習慣はない。旅行に出かけてサービスエリアの土産物屋を覗いても、旅館で食事しても、ほとんどの食品は由来不明のものである。
だがそんな中でも、各地の農産物直販所に置かれている加工品には(多くは餅だの漬物だの、加工度の低いものではあるが)、生産者情報が書かれているものが増えてきた。飲食店や宿泊施設についても、感度高く高付加価値化を狙っているところほど、地元食材を使うようになってきている。
食材の由来に特にこだわりのない消費者は相手にせず、産地にこだわる消費者を相手にしたほうが客単価は高くなるので、これはある意味当然のことだ。そうして、そのような感度の高い消費者ほど、生産過程に農薬や肥料を多用せず、加工過程で添加物を使用していない食材を求めるというのも、また道理なのである。
特に洋食分野は
伸びしろが大きい
6次産業化は様々な分野で進んでいるが、里山資本主義的な方向性の伸びしろが特に大きいのは、パンやパスタ、乳製品に肉製品といった洋食分野だろう。特に、ソーセージやベーコンなどの食肉加工品は、地元産を掲げるものを含めたほとんどに、未だにアミノ酸などの添加物が使われている。それはつまり、無添加製品への潜在需要がたいへん大きいということだ。原材料の由来の明確な、ローカルな産品の市場も必ず拡大していくだろう。
観光業との関わりでは、酒類の潜在市場も大きい。既に日本酒に関しては、全国メーカーの酒から地酒、同じ地酒でも純米酒、同じ純米酒でも地元産のコメを使った酒へと、需要のシフトが起きている。ワイナリーも各地で増えており、自然派ワインの生産を目指す生産者も多い。ビールは未だにナショナルブランドが強いが、質を重視する地ビール事業者も着実に増えている。
コストダウンばかりが目指されがちな学校や福祉施設の給食分野でも、健康に育った素材を使う「里山資本主義的6次産業化商品」への潜在需要はある。「子供に安心、安全なものを食べさせたい」、「地元のおいしいものをいただきながら、残りの人生を全うしたい」という思いは、本来大きいはずだ。
また、食品アレルギーを意識した「6次産業化商品」を生産するのもお勧めだ。例えば、群馬県のとある農家は、有機生産の糸コンニャクを、小麦アレルギーの人でも食べられるパスタとして欧州に高価格で輸出している。米粉パンにはもっと大きな将来性がある。
このように、独自の視点を持ち工夫を施すことで、高値でも求められる商品を生産できる。薄利多売ではなく、里山資本主義に根ざした「6次産業化」を目指してほしい。
PROFILE
株式会社日本総合研究所
地域エコノミスト 藻谷浩介氏
株式会社日本総合研究所主席研究員。地域の特性を多面的に把握し、地域振興について全国で講演や面談を実施。主な著書に、『観光立国の正体』(新潮新書)、『日本の大問題』(中央公論社)『里山資本主義』(KADOKAWA)など多数。
AGRI JOURNAL vol.11(2019年春号)より転載