日本農業は本当に「成長産業」といえるのか?
2018/04/16
現代の日本が農業環境に多くの課題を抱えている一方、日本農業を成長産業だとする声もある。なぜそのようなズレが起きているのだろうか。
「日本農業は成長産業」の誤謬
第1次安倍政権(2006年9月から翌年9月の1年間)で、農業は成長産業と位置づけていなかった。そして、彼が政権から離れた後、3つの病魔が日本農業を蝕んだ。
第1は、外国人労働者問題だ。日本の農場では「研修」や「技能実習」という名目で外国人を働かせてきており、人権侵害として2008年10月に国連人権委員会で厳しく批判された。それに対して、小出しの改革に終始しており、労働力確保が困難になる一方だ。
第2は、2010年3月に発生した口蹄疫だ。30万頭の牛と豚を殺処分するなどして乗り切ったが、口蹄疫のない国という信用を失った。いつ再発しても不思議はなく、その場合、各地で急増している野生の鹿や猪が媒介して爆発的流行の危険性がある。
第3は、2011年3月の東京電力福島第一原発事故だ。いまだに放射能汚染の危惧が国の内外で根強い。
このほかにも鳥獣害の拡大など、農業の環境は悪化し続けている。これらの悪材料にもかかわらず、 2012年末に政権に復帰して以来、安倍首相は日本農業を成長産業であるともてはやす。その原因は農業ではなく商工業にあるとみるべきだ。つまり、政権から離れていた5年間で、ソニーなど、日本を代表する企業が相次いで国際競争で敗北を喫した。2008年のいわゆるリーマンショックは戦後最大の景気落ち込みとなった。2010年にはGDPで中国に追い抜かれた。
「何か日本が世界に誇れる産業があってほしい」、そういう焦燥感の混じった現実逃避が、日本農業の美化を生んでいるのではないか。もちろん、アジアで勃興するニューリッチが日本の高級農産物を好む傾向があるのは確かだ。それは、現時点では、アジアの農民には高級野菜を手掛けた経験が乏しいからだ。しかし、彼らの学習能力・意欲は高く、農産物の品質も急上昇している。
安倍首相に限らず、政界・報道界・学界に身を置くものは、都合の良い情報だけを切り貼りして、国民に耳あたりのよい情報をふりまくのに長けている。「日本農業は成長産業」の虚構もその一例であろう。
プロフィール
明治学院大学 経済学部経済学科教授
神門善久さん
1962年島根県松江市生まれ。滋賀県立短期大学助手などを経て2006年より明治学院大学教授。著書に『日本農業への正しい絶望法』(新潮社、2012年)など
『AGRI JOURNAL』vol.6より転載