有機農業の普及を。環境を回復するバイオダイナミック農法を実践『トカプチ』の挑戦
2022/02/17
ワインの世界では、高品質さに定評のあるバイオダイナミック農法。有機農業生産法人「トカプチ株式会社」では2018年よりこの農法を採用。パタゴニアと協同し、リジェネラティブ・オーガニック認証の取得を目指す。
世界で注目される
バイオダイナミック農法を実践
ワイン通なら、「ビオディナミ」という言葉に耳馴染みがある人もいるかもしれない。オーガニックワイン製法の最高峰とも言われる有機農法のことで、もとはフランス語、英語読みでは「バイオダイナミック」と呼ぶ。
例えば、ワイン界の帝王とも称される有名なロマネ・コンティをはじめ、このバイオダイナミック農法によるブドウを醸造するワインは、世界に数多く存在。そうした需要に伴い、世界的に実践する農家も増えている一方で、日本ではまだ数えるほどしかいないのが現状だ。
日本におけるそんな稀少なチャレンジャーが、北海道更別村にいた。国内最大規模のオーガニック実践農場を有する「トカプチ株式会社」である。トカプチは、持続可能な環境保全型農業の普及に取り組みながら、生産・製造保管・流通を一貫して行うアグリシステム株式会社(1988年創業)が、モデルファームとして2006年に立ち上げた生産法人だ。
約370haの土地でワイン醸造用ブドウ、米、小麦、数十種類の在来種野菜などを育てるほか、完全放牧のブラウンスイス牛を飼育し、チーズなども製造。そのすべてで有機認証を取得するなど、日本におけるオーガニックのトップランナーと言えるだろう。
完全放牧のグラスフェッドで育てられるブラウンスイス牛。自然のままに搾った希少な生乳でチーズづくりをしている。
そんなトカプチでは、2018年から、ワイン醸造用ブドウ栽培にバイオダイナミック農法を採用している。品種には、山葡萄をかけあわせた耐寒性の強い「山幸(やまさち)」を選び、栽培に成功。寒冷地の北海道ならではのワインづくりを目指しているという。
一般的に、病気や虫の発生リスクが高く、無農薬での栽培が非常に難しいといわれるぶどうだが、バイオダイナミック農法では農薬や化学肥料、除草剤などは一切使わない。
トカプチの親会社に当たるアグリシステムの代表取締役 伊藤英拓さんは、その特別な農法について「農作物とともにその場の生態系そのものが豊かになっていく環境再生型農業なんです」と話す。
「バイオダイナミック農法では、種、餌、肥料など生きた窒素の循環を基本とし、その畑が一つの循環する有機体であるということを目指しています。できるだけ、外から持ち込まないというのもテーマのひとつ。
ぶどう栽培の場合、有機JASでも使える銅水和剤などもあるのですが、我々はそれも使いません。よりナチュラルに育てるという考えで実践していますが、年々、畑の微生物が増え、生物多様性も高まっています。今年は果汁糖度も23%近くまで上がり、ワインの質も向上していると感じています」。
山脈に囲まれた富良野盆地に広がる「カミフラノイ農場」で育てているワイン用ぶどう。収獲したぶどうは、独自の醸造哲学で北海道ワインを牽引する「10Rワイナリー」ブルース・ガットラヴ氏の元で醸造される。
バイオダイナミック農法とは、ドイツの哲学者、ルドルフ・シュタイナーが提唱する考え方に基づく農法で、自然との調和を根幹にしている。月の満ち欠けなど天体の動きに合わせて農作業の日取りを決める「種まきカレンダー」や、牛の角や水晶、花などの自然素材を用いて手作りする「調合剤」と呼ばれるものを使用するなど、自然の営みに則した独自の手法を用いるのが特徴だ。
この調合剤というのが大変興味深い。例えば、500番と呼ばれる調合剤は、雌牛の角に雌牛の糞を詰めたもの。それを土に埋め、発酵して堆肥化したものを水で希釈して使用するというが、微生物を増幅させるスターターのような効果があるそうだ。こうした独特な手法は、自然科学とホリスティックな視点を融合したような、東洋医学に近いアプローチだといえるかもしれない。
500番と呼ばれる調合剤。雄牛の角に、雌牛の糞を詰めたもの。バイオダイナミック農法に、牛の存在は欠かせない。
リジェネラティブ・
オーガニック認証取得へ向けて
海外、とりわけ、ワインの世界ではビオディナミ製品への評価や信頼は確固たるものになっているが、日本にはバイオダイナミック農法の製品を証明する認証機関がなく、その認知度は高いとはいえない。
そんななか、リジェネラティブ・オーガニック農法を推奨するパタゴニアが、国際認証であるリジェネラティブ・オーガニック(RO)認証取得に向けて、トカプチとの協同をスタートした。
「オーガニックの環境負荷がプラスマイナスゼロだとしたら、バイオダイナミック農法は、地球環境を癒していくもの。環境再生型農業のひとつと考えています」と話す伊藤さん。その言葉通り、農場を一つの大きな生態系としてとらえ、有機農業を実践するバイオダイナミック農法と、環境再生を目指すリジェネラティブ・オーガニックは非常に親和性が高いというのが大きな理由だ。
ワイン用ぶどうの圃場では、カバークロップをすでに実践。年々、土壌の状態が向上しているという。
なお、RO認証では、既存有機認証の所持を前提としているが、トカプチではすべて取得済み。さらに、土壌環境を豊かにしながら、二酸化炭素を土中に貯留する役割も持つカバークロップや緑肥、不耕起栽培など、その場の生態系そのものを豊かにしていく農法も実践中だ。
そして、『土壌の健康』『動物福祉』『社会的公平性』という3分野を1つの認証にまとめたRO認証では、土壌・動物・生産者やそのコミュニティなどを1つの全体論的なシステムとして捉えて実践することを目指しているが、その考えは、トカプチが掲げる理念にもとても近いという。伊藤さんは、このように語った。
多品目の野菜やハーブを育て、社員家族が自給用野菜を栽培するパーマカルチャーの実践場も。また、シュタイナー教育を主とした青空フリースクール「コスモス森の学校」として子どもたちが自然と共に学ぶ場としても活用されている。
「農業というと生産行為にのみ目がいきがちですが、私たちは、農とともに人や生きものがどのように調和してコミュニティを形成し、持続可能な物質循環のなかで暮らしていけるのかを考え、模索しながら実践しています。
現代社会において、健全な作物、人々の健康や自然環境が脅かされる大きな原因のひとつは、大量生産・大量流通の中で、生産者と製造と消費者が分断されているから。そのような社会の中で、信頼の代わりとして認証の必要性は感じていますが、本来、消費者と生産者がつながっていれば認証はいらないはず。最終的には、人も生き物も有機的につながる、ひとつの村のようなコミュニティにしていけたら」。
「生きた土」「健全な作物」「人間の健康」の3本柱を理念に掲げ、創業時から有機農業の普及を第一命題として取り組んできたアグリシステム。
同社では、栽培契約を結ぶ道内約500の生産農家から集めた雑穀の卸売業と並行して、生産者を訪問し、有機の土作りのサポートをする「フィルドマンシステム」や、契約する有機栽培農家への独自の補助制度を設けるなど、北海道の農業をオーガニックに変えていくべく、あらゆる挑戦を続けてきた。そのモデルファームであるトカプチがRO認証を取得する日はきっとそう遠くないが、それはもちろんひとつの通過点だ。
トカプチの親会社に当たるアグリシステムの代表取締役、伊藤英拓さん。
「RO認証を通して、オーガニックが世の中に広がっていくきっかけになればと考えています。世界的な情勢も含めて、今後、オーガニックに切り替える農家は増えていくはず。そうなった時に、アグリシステムがしっかりそれを援護できたら。北海道から変わらなければ、日本の農業は変わらない。それくらいの責任感と使命感を持って、十勝で率先してオーガニックを広めていきたいですね」。
DATA
トカプチ株式会社
北海道河西郡更別村字更別南4線西10-2
TEL:0155-62-2887
アグリシステム株式会社
北海道河西郡芽室町東芽室基線15番地8
TEL 0155-62-2887
文/曽田夕紀子(株式会社ミゲル)