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農産物の価格が「楽しさ」で変わる? 付加価値を高める販売方法とは

肥料、農薬といった農業資材などの価格高騰が続いている。生産原価が上がっているなか、その分を販売価格に乗せることができなければ、農業経営の収益性は下がってしまう。今回は、販売価格の引き上げのためのヒントについて流通経済研究所・折笠俊輔氏が解説する。

販売価格の引き上げと
利益率の維持・向上を考える


原価が高騰しているからといって、商品の販売にその分のコストを単純に乗せると、当然ながら取引先のバイヤーや消費者からの反発があります。もちろん、農業資材の高騰など、商品の値上げに至る背景を丁寧に説明することで、理解してもらうことも可能ですが、それでも一部の顧客は、値上げを契機に離れていってしまうでしょう。

そのため、原価高騰に経営的に対応するためには、単純に今の商品の値上げを考えるだけではなく、販売する商品の戦略や、取引先の組合せなどのチャネル戦略まで視野に入れることが重要です。既存商品の値上げが難しいのであれば、利益率の高い新商品・新品種を展開したり、既存顧客での値上げが難しいのであれば、もっと高く購入してくれる先を探したり、あるいはその両方を組み合わせ、新しい顧客をターゲットに商品をリニューアルする、といったことが考えられます。

今回は、付加価値を高めた販売を考えていく場合の「新しい商品」や「新しい販路」を生み出す際に役に立つ、「楽しさ」という概念について「買い物価値」という視点から紹介したいと思います。

買い物の情緒的・実用的価値
それぞれに合った商品提供を

買い物には、情緒的価値と実用的価値という2つの価値があるという研究があります。その研究では、情緒的価値とは、買物における快楽的な価値であり、刺激や喜び、楽しさなどの感情につながる価値のことを指し、実用的価値とは、なるべく良い商品を、安価に、便利に買うことができるという効率性・実用性につながる価値のことを指すとしています。

平たく言えば、「買い物」には、楽しむための買い物と、必要に迫られて行う買い物という2つの側面がある、ということです。ここで重要なポイントは、楽しむための買い物(=情緒的価値を求める買い物)の場合、商品を選ぶときに、その詳細について学んだり、時間をかけて吟味したり、あるいは少し予算を超えても購入してしまうことが、必要に迫られて行う買い物よりも多いということです。いわゆるウインドーショッピングなどは、楽しむための買い物と言えるでしょう。一方で、実用的な価値を求める買い物は、効率性を重視し、いかに安価に、良いものを、すぐに入手できるか、ということが、消費者にとって最も重要となります。

では、ここで考えましょう。あなたの農産物は、情緒的価値で購入されるものでしょうか? それとも、実用的な価値で購入されるものでしょうか?

これは、どちらが正しいということはありません。本当に大切なことは、付加価値をつけて販売したい、ブランド名をつけて販売したい、差別化して販売したいと思っている商品の場合は、消費者の買い物において、情緒的価値で購入してもらう必要があるということです。

大規模生産を行っていく場合などは、実用的な価値で購入してもらう商品として展開することも可能です。この場合は、商品の実用性を高めること(常に購入できる利便性としての安定供給や、生産効率を高めることでのコストダウンなど)が必要です。



楽しさにつながる商品と売り方
価値で選んでもらうポイント

このように、自分の商品を購入するときに、消費者に「楽しさ」を感じてもらうことが、買い物の情緒的な価値を高め、価格よりも価値で選んでもらうことにつながります。そのためには、3つのポイントがあります。

1つ目は、売場や取引先です。情緒的な価値を訴求できる売場、取引先で展開しなければなりません。現在の販売先・取引先の売場や企業の姿勢が買い物の実用的価値に重きをおいているようであれば、もっと情緒的価値に重きを置いている取引先を探す必要があります。インターネットの販売サイト(EC)も、実用性を重視するサイトと、情緒性(=楽しさ)を重視するサイトの両方があります。利益率を考えた経営を原価高騰のなか考えていくためには、自分の商品の戦略に合わせて、しっかりと販売先を見極める必要があります。

2つ目は、買い物をするときに「楽しさ」を消費者に感じてもらうために、商品自体の魅力度を高めることです。三坂(2015)の研究によれば、スーパーでの買い物の情緒的価値を高めるには、商品のバラエティ性と新奇性が重要だといいます。バラエティ性は、商品数の多さであり、新奇性は目新しさです。つまり、買い物をするときに消費者が楽しいと感じるのは、色々な商品から選べる(選択肢がある)とき、そして目新しいものがあったとき、だと言えます。商品にいくつかの選択肢を設ける、他にはない目新しい商品にする、といった工夫が必要です。


例えば、赤、黄色、緑のミニトマトを生産しているとき、色ごとにパック商品を作るほかに、3色を混ぜた「ミックス」を作れば、顧客の選択肢を増やすことができます。あるいはお弁当専用ミニトマト、デザート用ミニトマトといったネーミングとパッケージで展開すれば目新しく感じてもらえるかもしれません。自社のECサイトで販売する場合など、商品の種類を多く用意する、他で売られている商品との違いをアピールし、独自性や新奇性を消費者に感じてもらう、といったことに気を付けてみてください。

そして3つ目は、買い物をしてもらうとき、商品を選択するときの「体験」としての楽しさを提供することです。例えば、直売所に直接立って、消費者に自分の作った農産物の説明をしながら販売した場合、消費者は「生産者とのふれあい」を楽しむことができます。また、試食や実演販売なども体験としての楽しさにつながるものだと言えるでしょう。ECサイトでも、商品紹介を動画で行ったり、SNSで交流を行ったりすることで、消費者に買い物時の楽しさを提供することが可能です。

結局のところ、商品と買い物時の「楽しさ」があれば、消費者は、商品や生産者を理解してくれようとしますし、価格ではないところを重視して購入を決めてくれます。楽しさを提供するには、自分も楽しむ必要があります。原価高騰などで辛いことも多い状況ですが、こんな時だからこそ、悲観にくれず、前向きに「楽しい」商品づくり、販売展開を考えていくことが付加価値を高めて、商品を高く売ることにつながるのではないでしょうか。



参考文献

Babin, Barry J., William R. Darden, and Mitch Griffin(1994)”Work and/or Fun: Measuring Hedonic and Utilitarian Shopping Value.” Journal of consumer Research, Vol.20, No.4, p.644-656
守口剛・地田圭太(2012)「買物価値に関する研究」『業態別ディマンド・チェーン開発共同研究機構報告資料』 公益財団法人流通経済研究所
三坂昇司(2015)「買物価値向上施策の実証研究~選択のバラエティの訴求と新奇性のバラエティの訴求による情緒的価値向上施策の実証実験~」,『流通情報』,流通経済研究所,2015年1月号,No.512,p.42-52

筆者プロフィール

公益財団法人 流通経済研究所

主席研究員 折笠俊輔氏


小売業の購買履歴データ分析、農産物の流通・マーケティング、地域ブランド、買物困難者対策、地域流通、食を通じた地域活性化といった領域を中心に、理論と現場の両方の視点から研究活動・コンサルティングに従事。日本農業経営大学校 非常勤講師(マーケティング・営業戦略)。

 

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