「トキ」をきっかけに「生き物を育む農法」へ! 佐渡の米から学ぶ里山資本主義的農業
2020/08/10
朱鷺の暮らす豊かな環境づくりと農業を両立させた、新潟県佐渡市。このような生き物を育む農法はどのように実現されたのだろうか。里山資本主義とこれからの農業の在り方について、地域エコノミストの藻谷浩介氏が説くコラム。
「朱鷺と暮らす郷づくり認定制度」とは
2019年1月24日、絶滅危惧種などを分類するレッドリストで「野生絶滅」とされていた特別天然記念物の朱鷺(トキ)が、「絶滅危惧1A類」に21年ぶりに指定変更された。この見直しは異例なことで、人工繁殖による野生復帰が認められたためである。
かつて日本各地に生息していた朱鷺は明治時代に羽毛目的の乱獲により激減。1981年には野生の朱鷺が全鳥保護された。1999年には、中国から贈呈されたペアの朱鷺から人工繁殖と放鳥に成功している。
それらの朱鷺をふたたび日本の空に自然定着させることに一躍買ったのが、佐渡市が立ち上げた「朱鷺と暮らす郷づくり認定制度」である。2007年、佐渡市では国の特別天然記念物であった朱鷺のエサ場確保と生物多様性の米づくりを目的とし、独自農法による土佐産コシヒカリを「朱鷺と暮らす郷」としてブランド化させたことで、朱鷺の暮らす豊かな環境づくりと農業を両立させた。
新潟県佐渡市は、日本海に位置する日本海で一番大きな離島である。島全体の面積の12.6%が農地で、米作りを中心に、りんご・柿・みかんなどの果樹栽培も盛んで豊かな水産物にも恵まれている。佐渡は1000m級の山々が連なる山脈と深い森林に恵まれ、昔ながらの棚田が数多く残っていたため食餌が豊富で、国内最後の朱鷺の生息地となっていた。
佐渡の朱鷺米から
「生き物を育む農法」を学ぶ
「朱鷺と暮らす郷づくり認定制度」には6つの基準がある。
①「生きものを育む農法」により栽培されたものであること。
② 生きもの調査を年2回実施していること。
③ 農薬・化学肥料を減らして(地域慣行比5割以上削減)栽培された米であること。
④ 水田畦畔等に除草剤を散布していない水田で栽培されたこと。
⑤ 栽培者がエコファーマーの認定を受けていること。
⑥ 佐渡で栽培された米であること。
これらを満たすお米には、認定マークを使用して販売することができる。この制度の開始を契機に、佐渡全体に朱鷺を中心とした環境づくりが広がり始めたのだ。そうして、2008年から5年ほどで、認証米や地域の慣行基準より化学合成農薬5割減・化学肥料5割減の割合が9割までに増加したのである。
生産された米は、朱鷺の復活を支援する消費者に直販されるほか、餅や地酒などにも加工されお土産としても愛用されている。また「朱鷺と暮らす郷」は、米の販売1kgあたり1円が「佐渡市トキ環境整備基金」へと寄付され、朱鷺の生息環境の向上に役立てられる仕組みとなっている。これによって購入する消費者も“一緒に朱鷺を守っている”と感じることができ一体感が生まれている。
その成果は、2018年に島内で確認された野生の朱鷺の個体数は353羽であったことからも明らかである。現在では400羽近くにまで増えて、島内各地で見られるようになっている。
これらの取り組みは、国際連合食糧農業機関(FAO)の定める「世界農業遺産(GIAHS)」としても認定された。
生産者は朱鷺が生息できる環境をつくることで、より安心・安全な農産物を栽培することができる。消費者は「朱鷺と暮らす郷」を購入することで朱鷺を救い、これから続く未来の環境を保全することにつながる。「朱鷺」をきっかけに、里山資本主義に根ざした「生き物を育む農法」を成功させた良例といえるだろう。
PROFILE
地域エコノミスト
藻谷浩介
株式会社日本総合研究所主席研究員。地域の特性を多面的に把握し、地域振興について全国で講演や面談を実施。主な著書に、『観光立国の正体』(新潮社)、『日本の大問題』(中央公論新社・共著)『里山資本主義』(KADOKAWA)など多数。
AGRI JOURNAL vol.15(2020年春号)より転載