土壌を豊かにし、環境を再生する不耕起・草生栽培|日本での現状と、普及への道筋とは?
2022/01/24
気候変動をはじめ、環境問題のソリューションとして注目されるリジェネラティブ農業。その最大の特徴が、不耕起だ。土壌生態学をベースに不耕起・草生栽培の研究を続ける、福島大学の金子信博教授に話を聞いた。
アメリカで普及する不耕起栽培。
日本との違いとは?
「土壌中には、大気の2倍から3倍に相当する炭素が土壌有機物として貯えられています。不耕起栽培によって、土壌中に二酸化炭素を貯留し、さらに土壌炭素を年間0.4%増やすことができれば、大気中の二酸化炭素上昇を相殺できる計算になります」。
そう話すのは、福島大学で土壌生態学を教える金子信博教授。「不耕起栽培こそ世界の最先端の農法」と考える、日本における不耕起栽培研究の第一人者だ。いち早く普及が進むアメリカでの不耕起栽培の現状を、金子先生は次のように語る。
「アメリカの農務省のデータを見ても、大規模農業では不耕起と耕起は約半々の割合。アメリカでは、一部を耕す部分耕起、数年に一度だけの省耕起による管理など、耕さないという方向に大きく変わってきています。
普及が進む理由は、農家の収益が上がるという点も大きい。不耕起を採用することで、土壌の流出や、乾燥地での土壌水分の減少などの土壌劣化を抑制することができます。そして、もう一つは明らかに省コスト。耕す回数が減れば、燃料代と時間を節約でき、収穫量がそのままなら、利益率が高まるというわけです」。
見渡す限り耕された、インドネシア・ランプン州の大規模なサトウキビのプランテーション。ここでは、土壌劣化により約30年で3割程度収穫量が減少している。
一方、日本では不耕起を実践している農家は全体のわずか数%と未だ少ない。普及が進まない理由について、「日本では、“耕さないといけない”という考え方が根強い」という意識や文化の違いのほか、農業スタイルの違いも大きいと金子先生は言う。
「不耕起では放っておくとどうしても草が生えますが、アメリカの場合は、強力な除草剤と除草剤で枯れないようにした遺伝子組み換え作物をセットにして農業ビジネスをしてきた背景があるため、不耕起でも草の管理がしやすいという面があります。
遺伝子組み換え作物を使えない日本では、そのやり方は採用できません。アメリカやヨーロッパに比べ、モンスーン気候の日本は、7~8月にすごく草が生える。このことも、不耕起がダメだと言われる原因になっていました」。
近年アメリカで開発された有機の不耕起栽培では、大型トラクターを使い、ライ麦を高速で押し倒すと同時に、不耕起の播種機で大豆の種子を蒔く。ライ麦がマルチになり雑草の発生を抑えるためあとは収穫をするだけ、という具合だ。確かに、こうした農法を国土の狭い日本で転用するのは難しいだろう。
ネパール・カトマンズ郊外の不耕起草生試験地。試験開始後から3年目の様子。もとは地面の高さが同じであったが、左(不耕起草生)より右(耕起)が低くなった。耕起区では土壌浸食が生じるが、不耕起区では生じない。
自然農や自然栽培という
日本独自の不耕起・草生農法
しかし、日本の気候や環境に適合した不耕起栽培は実現できるというのが、金子先生の持論だ。その具体策のひとつが、近年、全国に実践者が増えつつあるという、自然農や自然栽培をベースにした不耕起・草生農法だという。
「アグロエコロジーという概念が、世界でも浸透しつつありますが、日本の自然農は、土壌の生物多様性を保全し、土壌の機能を高めるためには理想的な方法であり、その最先端にあると思います。
不耕起栽培は、除草するのではなく、草を資源としてうまく活用し農地の土壌を育て守る草生栽培と組み合わせることが重要です。諸外国ではカバークロップを用いますが、自然農のように雑草を活かすのは、日本ならでは。極めて仏教的というか自然調和的です。
植物の多様性を維持するために、複数種類の種子をミックスしたカバークロップの研究が盛んですが、その究極の形が自然農のような雑草共生。
雑草は農業の宿敵と見なされがちですが、耕すことによって、作物と競争するような種類が生えます。不耕起にすると、雑草も作物もお互いの成長を邪魔しない植物相になっていく。つまり、草が生えても収穫量は落ちない。自然は、本当によくできているんですね。とはいえ、その領域に到達するまでは大変なので、最初は有機栽培でライ麦などをカバークロップとして播くことをオススメしています」。
ライ麦を刈らずに押し倒した草マルチ。この後、不耕起で果菜を栽培する。
不耕起・草生栽培のメリットは大きい一方、管理方法が確立するまでに手間が掛かるのも事実。家庭菜園や小規模農業ならともかく、安定した農業経営を前提にした上で普及を進めていくには、専用の農業機械の開発が待たれる、と金子先生は指摘する。
「農業経営する立場からすると、乗用の機械で管理ができるようにならないと収益を上げるのは難しい。とはいえ、アメリカのような大型機械は日本では使えませんし、そのまま小型化しても構造上、実用は難しい。メーカーに作って欲しい機能は、草を刈ってそのままマルチとして置け、同時に不耕起播種できるもの。オーダーメイドで作るという手もありますが、一般販売をするメーカーでの開発が待たれます」。
福島県二本松市「あだたら食農School farm」の不耕起草生区。9月に草を刈る前に、アブラナ科の各種野菜の種子をばらまき、その後に草を刈るだけで野菜が育つ。
智恵を持ち寄りながら
地域ごとの不耕起・草生農法の確立へ
とはいえ、機械やアイデアが揃ったところで、管理している圃場を一気に不耕起へ転換するのは、農家にとって無謀な挑戦だろう。まずは、ひと区画から試してみて、他の畑とも比較しながら、有用性や実現性を検討してみるのが現実的だ。
実際、金子先生は研究活動の一環で、昨年から福島県二本松市の有機農業圃場の一画で不耕起栽培をスタート。同じ条件下で、耕起栽培、不耕起栽培によるデータ比較を継続しているという。
「1年目の春作は、不耕起・草生栽培では耕起栽培の1/3くらいの収穫量でした。でも、耕さないのでかかった労力も1/3くらい。ビニールマルチや堆肥を買う必要もないので、資材費も安かった。ちなみに、不耕起・草生栽培では、土壌が年々良くなっていくはずなので、今後、収穫量は増えていく計算です。
また、個人の感覚としては不耕起の方が味が濃く、後味がいいです。比較データをとるうえで、当然、収穫量や売上も大切ですが、コンセプトとして大事にしているのは、資材費や労働時間も比較するという点。トータルな視点から、安定した農業経営を実現する方法を研究しています」。
金子先生が推奨する、アグロエコロジーをベースにした不耕起・草生栽培では、豊かな土壌生態系の構築を目指し、化学肥料や農薬を使用しない有機農業を前提としている(さらにその先には肥料そのものを使用しない、自然農、自然栽培が道標にある)。
とはいえ、慣行農業であれ、不耕起栽培のメリットを享受できる方法もある、と金子先生は提案する。
「地面をできるだけ裸にしないようにし、さらに輪作、混作をすることです。そうすることで、有機栽培であれ慣行栽培であれ土の状態が向上します。土壌が豊かになれば、肥料や農薬も減らせますし、農家の収益は上がります。大事なのは、無理なく転換していくことだと考えています」。
アグロエコロジーを学べる福島県二本松市の「あだたら食農School farm」。参加者全員で、1年の振り返り。
その萌芽はあれど、日本における不耕起栽培の技術は、まだ発展途上段階にある。今後の発展のためには、農家同士が智恵を出し合い、実践しながら学べる場(コミュニティ)が必要と捉え、金子先生は、現役農家も対象にした大学院を計画中だという。
「慣行、有機、自然栽培とどんな農法であれ、互いが排他的になってはいけない。決して相手方のやり方を否定せず、失敗も共有しながら、みんな一緒にやろうという姿勢は、農業界全体のためにとても大事だと考えています。
農家が学べる場以外にも、各地域で市民参加型の実証農場を共有し、専門家が支えるという体制を、自治体を巻き込んで作ることも必要でしょう。全国一律にはできないので、智恵を持ち寄りながら、その土地に合った不耕起・草生栽培の手法を進化させていく仕組みが必要と考えています」。
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教えてくれた人
福島大学
金子信博教授
福島大学食農学類教授(森林科学・土壌生態学)。 京都大学大学院農学研究科中退、農学博士。 島根大学生物資源科学部助教授、横浜国立大学大学院環境情報研究院教授を経て、2018年から現職。土壌生物の多様性や機能を調べる土壌生態学を基盤として、持続可能な農業や林業を達成するための研究を行う。
文/曽田夕紀子(株式会社ミゲル)