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日本初、土壌水分センサーを120個設置! ICTが導くみかん栽培の最先端

愛媛県のDX化を進める「TRY ANGLE EHIME」が農業分野でも進行中。特産である柑橘の生産課題に向き合い、技術を次世代につなげていくプロジェクトがいま、八幡浜市真穴地区のみかん栽培を大きく変えようとしている。

みかん栽培名人の技術を
デジタルデータで共有する

愛媛県では、県内産業の“稼ぐ力”の強化を目的に、デジタル実装加速化プロジェクト「TRY ANGLE EHIME(トライアングルエヒメ)」を2022年より実施している。多様な産業領域における地域の課題に対して、愛媛県が民間事業者(コンソーシアム含む)から企画提案を募集し、事業者は1000万円〜3000万円の委託費を資金に実証実験を行うもの。2023年度時点で73件の事業が採択・運営される、県主導では類を見ない大規模DX化計画だ。

TRY ANGLE EHIMEのサイトには、プロジェクトの概要や進捗が報告されている。

農業においては、栽培に関連する生育、環境などのデータを取得・分析して収量安定化や経営改善に結びつけるためのDX化が主眼だ。農業・畜産・水産養殖向けのIT/IoTサービスを提供する株式会社アクト・ノードのCEO百津正樹さんは、愛媛県八幡浜市の真穴地区をフィールドに、温州みかんづくりの名人の生産方法をコピーし、デジタルデータによって地区の他の生産者が真似できるようするプロジェクトを進めている。

みかんづくり名人の黒田さん。黒田さんの農園をモデルに、いわばクローンを作るように他の農園のクオリティを上げていく。

その名人とは、柑橘農家の黒田伊智男さん。約10年前から「マルドリ方式」での栽培を導入し、糖度、収穫量、収穫時期の早さ、毎年安定した収穫量などにおいて優れた実績を収めている。地区の平均の約2倍もの収穫量を誇り、真穴みかんの中でもグレードが高く売れ筋である、糖度12度以上S玉の比率が4割を超える。。これを目標に栽培すれば、地域全体で収量がアップし、出荷がさらに増えるという目論見だ。

マルドリ方式とは?

出典:近畿中国四国農業研究センター「周年マルチ点滴灌水同時施肥法(マルドリ方式)技術マニュアル」資料より編集部作成

マルドリ方式(周年マルチ点滴灌水同時施肥法)とは、自動化システムによる灌水施肥をマルチの下に敷設した点滴チューブで行うことによっ​​て(=ドリップ)、省力と高品質果実生産を実現する方法。温州みかんは樹木に「適切な水ストレス」を与えることが重要で、水ストレスが高いほど糖度が上がる。一方で過度なストレスは落葉を引き起こし収量減となる。このバランスがよい「マイルドストレス」をキープした状態が理想的とされ、マルドリ方式はそれを実現する手法として注目されている。

 

「ところが、起伏が多く地形が複雑で畑によって条件差の大きなこの地区では、黒田さんのやってることをなんとなく真似してもうまく効果が上がらない。コピーするべきは、黒田さんが実践している畑の土壌水分量、樹木の状態、灌水や液肥のタイミング。そうしたデータをリアルタイムに見ながら、各生産者が自分の畑でも同様な生育環境を作り出せるようにすることが目的です。」(百津さん)。

アクト・ノードの百津さん。黒田さんの農園にセンサーやカメラなどの機器を設置し、デジタルデータで生育状況の分析を行う。

 


日本有数のみかん産地・真穴。
土地と人が築いたブランド力

ここで八幡浜市真穴地区について触れておこう。八幡浜市は愛媛県西部の海に面した地で、リアス式海岸が続き、海からすぐにせりあがる丘陵地が特徴だ。この地形を生かした柑橘栽培が盛んで、八幡浜市は県内随一の柑橘生産量を誇る。中でも真穴地区の温州みかんはおいしさと安定した品質に定評があり、「真穴みかん」がブランドにもなっている。

真穴地区は急勾配が続き、車が入れない園地もある。そのためモノラック(運搬用の小さなモノレール)が敷設されている。

その理由として、真穴は八幡浜市の中でも特に柑橘の生育に適した条件のいい土地であることが挙げられるが、それだけではない。真穴共選(真穴柑橘共同選果部会。JAにしうわの下部組織で、8つの共選のうちのひとつ)では共選場での一次・二次選果、光センサーによる糖度と酸度の計測や傷や大きさの判別、最後にもう一度人間の目で三次選果をして、合格をしたものだけが真穴みかんのシールを貼って出荷される。消費者の元には、ハズレがなく箱の中の全てがハイクオリティなみかんが届けられるというわけだ。

真穴共選 副共選長の松良武彦さん(写真右)。共選の役員はみな生産者でもある。

真穴みかんのシールは、厳しい検品を通過した高級品のしるし。

土地のアドバンテージがあり、黒田さんのような優れた生産者も多く輩出している。その上で高品質なみかんを選りすぐって出す体制を作ったことで、真穴のみかんはブランド化した。その品質や収益性に惹かれ、みかんづくりを志す若者も多く集まっているという。

多彩なデータを収集し
いざ名人芸をコピー!

現在、真穴共選では約165戸前後の生産者が年間7000〜8000トンのみかんを生産しているが、それでも需要に追いついていない状況だ。アクト・ノードは、生産者の経験と勘を頼りに判断していた作業にデジタルデータを加えることで、地域全体の供給力を高めることを見据える。

黒田さんの園地にセンサーを設置し、温度、湿度、土壌水分、土壌温度、日射や、圃場の潅水量などを計測・収集。また、マルドリ方式では環境や育成条件により黒田さんがアプリから灌水のタイミングの設定を変更するが、この灌水や追肥投入のデータも収集する。AIカメラを用いて樹木の葉っぱを24時間撮影し、画像からストレス状態の分析も行う。

土壌の水分量を測定するセンサー。

それらのデータを低消費電力で長距離の通信が可能となる無線通信のLPWAでクラウドサーバーにアップ。今回は1本のアンテナで1~2kmの範囲をカバーし、センサーデバイスに内蔵された電池により3年~5年稼働する省電力規格「LoRaWAN®(ローラワン)」を用いて、通信インフラを整えた。各センサーやAIカメラから集めたデータは、アクト・ノードが独自で開発したアプリ「アクト・アップ」で一括管理し、グループで共有する。
適切な判断を行うためには、さまざまな角度からのパラメータと、数年に及ぶデータの蓄積が必要となる。しかし黒田さんのデータを下敷きに、マルドリ方式を初めて実施した生産者は、早くも良好な結果が出ているそうだ。

スマホアプリ「アクト・トップ」には、各種データが閲覧できる機能が実装される予定。

ここまでがアクト・ノードが2023年度までに行ったこと。2024年度には新たな事業者が参画し、真穴地区のデジタル化をさらに加速させていく。

スプリンクラー灌水にも
デジタルデータを適用!

マルドリ方式は優れた灌水システムではあるものの、実は真穴地区の9割の生産者は依然として従来的なスプリンクラーによる灌水を行っている。マルドリ方式は初期費用がかかるので、地区のブロックごとに年度予算の助成を受けながら希望者が切り替えている状況だ。

真穴地区に張り巡らされたスプリンクラーは、真穴共選の役員会が決めたスケジュールで灌水するのだが、ここでもやはり丘陵地ならではの問題が発生する。土壌や樹木の条件が一定ではないので適切な水ストレスがかけられず、収量減を招いてしまうこともあるのだ。

そこでアクト・ノードが行ったデータ収集を敷衍し、真穴地区全体で土壌水分量や降雨量などを測定、通信インフラを整備するプロジェクトを実施して、それをもとにスプリンクラー灌水の最適化を図っているのが株式会社インターネットイニシアティブ(以下、IIJ)である。こちらは2023年度のトライアングルエヒメに採択された事業で、アクト・ノードもプロジェクトメンバーに参画している。

真穴地区のスプリンクラー施設のイメージ図。大規模なインフラで、灌水の制御は真穴共選が行っている。

スプリンクラー灌水は、山の上にある6000トンの水を貯めたファームポンド(貯水槽)の水を引き、12のブロックに分かれた貯水槽を経由して、電磁弁の制御によって各園地に水が供給される。乾燥しやすい園地の生産者からは「順番を優先して灌水してほしい」という声があり、逆に水が十分なのに灌水されてしまう園地もある。真穴共選や生産者が客観的に土壌水分量を判断できる仕組みづくりが必要だった。

IIJが行ったのは、園地ひとつひとつの乾燥度合いを数値で把握すること。樹木のそばに土壌水分量を測定するセンサーを設置し、アンテナから「LoRaWAN®」の無線通信で7つの基地局にデータを送信。クラウドへアップして、API連携によってアクト・トップに表示する通信網を構築した。これで240ヘクタール、およそディズニーランド5個分に相当する広範な真穴地区全域をカバーできるという。

2023年度は特に土壌水分量の差が大きい2つのブロックに集中させて120個のセンサーを設置、土壌水分の状況がデータが可視化された。これほどの数のセンサーを果樹園に導入するのは全国でも初めてのケースだ。

左は集中的にセンサーを設置した2ブロック。右はそこで取得した水分量の分布データ。

「時間や日によってどのように土壌水分量が変化していくのか、これを知れるだけでもセンサーを差した意味は大きい。この数値を分析・評価していくことで、今後は適切な水ストレスを樹木に与えることができるようになる。こちらも黒田さんのケースと同様に、経験と勘でやっていたことをデータを使って最適にする指標になるのです」。(IIJの齋藤 透さん)。

土壌水分量のセンサーに接続されたアンテナを指し示すIIJの齋藤 透さん。120個のセンサーは、植物が水をどのように吸収・保持するかを研究する愛媛大学大学院農学研究科の和田博史教授の協力のもと、すべて同じ条件で設置している。

こうした真穴地域全体のインフラによって、マルドリでもスプリンクラーでも、灌水の方法によらず品質と収穫量を上げることが可能になる。数年かけてデータを収集することで確度の高い方法が確立されてくるはずだ。

真穴の技術を次世代へつなぐ
鍵となるのがデジタルインフラ

高齢化が進む地域での生産技術の継承の意味でも、デジタルデータを活用した生産方法が果たす役割は大きい。真穴地区では30〜40代の生産者も多いが、生産の経験を積んでいくにはまだまだ長い年月を要する。真穴のブランドを維持していくためにも、みかん栽培技術の共有は喫緊の課題なのである。

「ベテランになればなるほど、データから適切な対策を導くことができるので、経験と勘は依然として必要です。将棋の藤井聡太さんがAIを使ってあれほどの強さを獲得したように、デジタルデータは経験の差を補完し、蓄積や成長を早めてくれる手段となるでしょう。農業にとってデジタルネットワークは技術継承のインフラなのです」(百津さん)。

埼玉県から移住し、真穴地区のみかん生産者となった30代の落合司さん(右)。黒田さんのデータを見るだけではなく、直接教えを乞うコミュニケーションも大切にしている。

 



写真/熊博之 文/本多祐介 イラスト/岡本倫幸

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