川の氾濫や水質悪化は高原レタス栽培の代償か? 連作障害が引き起こすものとは
2020/08/28
一年前、長野盆地で起きた千曲川の氾濫。新幹線車両センターが水没するなど甚大な人的・物的被害を生んだ。この原因が、高原レタス栽培にある可能性があるのだ。現代農業の本質を問う、神門善久氏のコラム。
高原レタス栽培の代償
長野県の高原部にはレタス畑が延々と広がる。いまでこそレタスは生野菜サラダの食材として定着しているが、有機肥料を多用していた戦前の日本では寄生虫の危惧から野菜を生で食べる習慣は少なかった。高温多湿な日本の風土もレタス栽培には不向きだった。しかし、戦後初期に日本を統治した米兵たちがレタスを欲しがったことから、千曲川の最上流部で日本にしては珍しく夏でも冷涼な長野県川上村でレタス栽培が本格化した。
米兵による統治が終わってからも日本人の食生活が洋風化してレタスへの需要が強まり、また戦後の農薬や化学肥料のめざましい発達のおかげでレタス栽培が容易になった。かくして川上村を越えて長野県の高原部でレタス栽培が拡大していった。冬場の土壌凍結が溶けるのを待って、春から秋にかけてレタスを二回ないし三回繰り返し栽培し、都市部へと出荷するという営農形態が普及した。
山林を拓いてレタス畑に変え、外国人農業労働者を導入しながら高原レタス栽培はどんどん大規模化していく。川上村村長(当時)の藤原忠彦さんが2009年に『平均年収2500万円の農村』という本を著しているように、高原レタス栽培は高い収益性で農民を潤してきている。
レタスを長年にわたって連作すると、病害虫が発生しやすくなる。それを抑えるために、農民は強度の農薬に頼る傾向があり、その副作用として畑地の土壌がもろくなる。大雨が降ると土壌が崩れ、河川に流れこんで水質汚濁と水流障害を招く。また、レタス畑に散布する化学肥料も一部が河川に流れ込んで水質の過剰な富栄養化を招いて水辺の雑草を繁茂させ、ますます水流を乱す。
一年前、長野盆地で千曲川が激しく氾濫し、新幹線車両センターが水没するなど甚大な人的・物的被害を生んだ。台風19号による豪雨が直接の原因だが、上流部でさかんな高原レタス栽培が氾濫を助長した可能性がある。千曲川の水質悪化も深刻で、イワナやアユなどの清流を好む魚介類が姿を消しつつある。高原レタス栽培の悪影響が様々な局面に影を落としている。
PROFILE
明治学院大学 経済学部経済学科教授
神門善久
1962年島根県松江市生まれ。滋賀県立短期大学助手などを経て2006年より明治学院大学教授。著書に『日本農業への正しい絶望法』(新潮社、2012年)など。
AGRI JOURNAL vol.16(2020年夏号)より転載