ナイロン製の黒いシートが防除剤? 銀の力で根腐病から守る、水耕栽培の切り札とは
2023/08/24
土を使わないため病害虫を防ぎやすい水耕栽培。しかし、決して防除が不要というわけではない。水耕栽培の大敵「根腐病」対策の切り札ともいうべきアイテムを紹介しよう。
どこにでも存在する
ピシウム菌の脅威
(植物病イメージ)
水耕栽培にもかかわらず病害で作物が全滅してしまった──そのような苦い経験をした生産者は少なくないだろう。前述の通り、水耕栽培だからといって病害虫の被害にあう危険性がゼロというわけではない。代表的な脅威が根腐病。この病害が発生すると生育の悪化を招き、最終的には全滅してしまうことも……。しかも、その病原菌であるピシウム菌はいたるところに潜んでいるため、気づかぬうちに手指や農機具などから培養液に持ち込んでしまうこともあるという。
この根腐病を防ぐには、カルシウムや窒素の適切な補充が必要だ。そして、植物を並べる栽培ベッドや培養液のタンクを定期的に洗浄することで清潔に保つことが基本となる。とはいえ、それだけでは完璧といえないのが根腐病対策の難しいところ。土耕栽培に農薬が欠かせないように、水耕栽培においても農薬の導入を積極的に検討する必要があるのだ。
水耕栽培用に国が定めた
ただひとつの農薬
水耕栽培で発生する根腐病などの病害を防ぐ“国の定めた唯一の防除剤”オクトクロス
30cm×100cmのナイロン製の黒いシート。これが水耕栽培で発生する根腐病などの病害を防ぐ“国の定めた唯一の防除剤”と聞いても、にわかには信じられないかもしれない。製品名は『オクトクロス』。北九州市に本社を置く三島光産(大正5年創業)が大阪府立環境農林水産総合研究所の草苅先生と共同で開発し、2002年11月に登録された、れっきとした農薬なのだ。
そのメカニズムは培養液中で銀イオンを徐放し、ピシウム菌などの病原菌を殺菌除去するというもの。銀イオンの殺菌力は強力であり、水耕栽培で発生する根腐病に対して効果を示す。使い方は培養液のタンクにオクトクロスを投入するだけ。水中では一定量の銀が放出されるよう制御されており、果菜類は6カ月〜1年ほど、葉菜類は2〜3カ月ほど殺菌効果が持続するという。(※使用条件によって効果継続時間が変わることがあります。)
■オクトクロスのメカニズムと効果
培養液1tonにつき1枚(30cm×100cm)が最大投入量の目安。植物の生長に合わせて、段階的に投入することがポイント。
実証協力:神奈川県病害虫専技・野菜専技・神奈川県県央農業改良普及センター
ネギの水耕栽培における根腐病に対するオクトクロスの実証試験。その効果は一目瞭然だ。
人や動物への安全性と
導入のしやすさも魅力
実際に使用する生産者にとって、防除効果の次に気になるのが安全性ではないだろうか。しかし、心配はご無用。銀イオンはウイルスや細菌類に対して優れた殺菌力を示す一方、食品添加物として使用されるなど人や動物にとっては安全性が高い物質なのだ。また、オクトクロスを使用して栽培した植物の可食部を調べたところ、銀イオンがほとんど検出されなかったという。何より、国が水耕栽培用の農薬として認めていることが、安全性を裏づけているといえるだろう。
銀イオンは人や動物にとって安全性が高いうえ、植物の可食部からはほとんど検出されていない
「もうひとつ気になることがある」という声が聞こえてきそうなので、コストの面にも触れておこう。オクトクロスと同様に、水耕栽培における病原菌の殺菌や培養液の浄化に応用できる水処理装置がある。この装置とのコスト比較をご覧いただきたい。
■水処理装置(培養液量5tonの場合)
イニシャルコスト:約100万円
ランニングコスト:年間10〜15万円
■オクトクロス(培養液量5tonの場合)
イニシャルコスト:約0円
ランニングコスト:年間12〜15万円
そう、オクトクロスはイニシャルコストがかからないのだ。ただでさえ初期投資のかさむ水耕栽培だからこそ、新たな資材への投資は少しでも抑えたいもの。使用量と用法さえ守れば薬害の心配も少なく、導入時の経済的な負担も皆無。こうした使いやすさも、オクトクロスの魅力といえるだろう。
水耕栽培も土耕栽培も
防除の鉄則は予防
農薬には、予防剤と治療剤がある。病害虫防除の基本は、農薬を予防的にしっかり使うことである。ちなみにオクトクロスは、感染し発病した植物を治療する効果はない。感染・発病する前から計画的に使用することで、根腐病を予防するのだ。水耕栽培における病害に悩まれている生産者は、あらためて病害虫防除の基本である「予防」を徹底してはいかがだろうか。その切り札として、オクトクロスは強い味方になってくれるはずだ。
DATA
取材・文/川上和義