人も牛も幸せな畜産へ。 有機JAS 認証の短角牛を育てる 『北十勝ファーム』の挑戦
2022/05/12
アミノ酸を多く含む豊かな味わいで人気の赤身肉「短角牛」。その日本最大級の牧場が北海道・足寄町にある。安心・安全にこだわり、アニマルウェルフェアに配慮した飼育を続け、昨年、有機JAS認証を取得した牧場だ。
日本全国でも8000頭ほどしかいない希少な肉用牛、短角牛。その国内最大級の生産規模を誇るのが、北海道・足寄町にある『北十勝ファーム』だ。繁殖から肥育まで、約500頭におよぶ短角牛の肥育一貫生産を手掛ける牧場である。
北十勝ファームが、短角牛を育てるようになったのは、2005年のこと。以前は、交雑種のF1を長年肥育していたが、アミノ酸を多く含む豊かな味わいと、柔らかい赤身肉が魅力の短角牛に惹かれ、肥育するようになったという。
「初めて食べたとき、サシがなくてもこんなにおいしいのかと衝撃を受けました」と、代表の上田金穂さんは話す。
牧場の裏手には雑木林の天然林が広がる。その林の中の天然湧水を牧場内に引き込み、牛の飼育に使用している。
それまでも、自家牧草や飼料にこだわるなど、「安心・安全な肥育」をモットーとしてきたという北十勝ファーム。短角牛に切り替えてからは、さらにその道を追求するようになった。
餌は、NON-GMO飼料、十勝産のデントコーン(とうもろこし)で作った自家製乳酸発酵飼料、規格外の小麦、傷大豆、ビートの搾り粕など、道内を中心にできるだけ手の届く範囲で原料を調達。また、赤身肉の短角牛は、必要以上に肥育させる必要がないため、輸入穀物の給餌を廃止し、99%以上を国産飼料でまかなっている。
99%以上が国産飼料。牛の生育状態に合わせて、独自の飼料配合率を日々調整して与えている。
また、飼育環境も大きく変化させた。春から秋にかけて、放牧をとりいれたのだ。赤身肉の短角牛は、サシを入れる必要がないため、放牧によって運動量が増えても肉質に影響がない。むしろ、牛たちをのびのびと健康に育てるにあたり、放牧はうってつけだった。
放牧地は、牛舎の裏手に広がる足寄農場と、海沿いの町、音別にある200haにおよぶ音別農場の2箇所。雄大な自然のなかに放たれた牛たちは、自由に草をはみ、駆けまわり、まるで野生の群れのように暮らす。この放牧中に、牛たちは人工授精ではなく、自然交配するのだという。
「いい畜産をするには、3つの条件があると考えています。ひとつは、NON-GMOや有機栽培の餌など安全性への取り組み、次に地域的な環境問題に配慮した畜産であること、そして、家畜の精神が健康的であること。それらが交わったところに、いい商品、いい畜産がある。家畜の精神安定に直結するアニマルウェルフェアは、欠かせない視点です」。
音別農場の放牧地。海風を受け、ミネラルたっぷりに育った牧草を食べて牛たちはのびのびと育つ。
北十勝ファームの牛たちは、目が穏やかで、人懐こいのが特徴だ。その理由は、環境的なストレスが少ないだけでなく、「注射を打つことがほとんどないということもあるでしょう」と上田さんは話す。
安心・安全への意識から、北十勝ファームでは、鍼や漢方を中心とする東洋医学と、ヨーロッパに根付く自然療法・ホメオパシーを取り入れて、健康管理を行ってきた。ワクチンを打たないため、突発的な病気や菌にかからない限りは、一生涯、注射の針を打つことがないという。対処療法ではなく、牛本来の免疫力を高めることを重視しているそうだ。
北十勝ファームの牛たちは人を怖がらない。ストレスフリーな環境にくわえ、スタッフの日々の接し方のおかげだ。
こうして大切に育ててきた短角牛のさらなる可能性を引き出すべく、数年前から準備してきたのが「オーガニック短角牛」の商品化だ。北十勝ファームの一部門として有機畜産を行う『はなゆき農場』を設け、有機栽培された飼料とともに、ストレスフリーな環境で短角牛を肥育するという新しい取り組みである。
はなゆき農場では、牛たちに有機のおからをタンパク源として与えている。
有機JAS畜産物の生産事業は、有機用設備の準備や飼料の確保など、初期費用がかさむうえ、出生から出荷までに約28カ月を必要とすることから、参入のハードルが高い。そのため、北十勝ファームでは、オーガニック商品の開発に注力するコープデリ連合会の生産支援を受け、有機JAS認証牛の生産をスタート。北十勝ファームで出生した子牛をコープデリが買い取り、北十勝ファームに育成を預託して預託料を毎月支払うことで、経営の安定化を支援するというものだ。
そうしてコープデリとの二人三脚で事業を進めた結果、2021年秋には、有機畜産物認定証を取得。今年の秋には、JASマークの付いたオーガニックビーフとして出荷を予定しているという。
北十勝ファーム・主任の中村梢乃さん
なお、はなゆき農場を担当するのは、北十勝ファーム・主任の中村梢乃さんだ。北里大学獣医学部卒業後、北十勝ファームに入社して13年間。毎日休みなく、短角牛の世話に心血を注ぎ続けてきた人である。
「はなゆき農場を軌道に乗せて、そのまま独立の足がかりにしてもらえたら、と考えています。畜産業でゼロから独立するのは大変ですし、彼女に対しては、うちで一生懸命働いてくれた恩返しという気持ちも強い。うちからどんどん社員が独立して、北十勝ファームグループとして連携をとっていくかたちにするのが夢。人も家畜も、幸せな畜産を続けていけたらと考えているんです」。
上田さんとスタッフの関係性は、まるで家族のようだ。風通しのいい体制が築かれている。
毎月17日は、恒例の行事がある。朝、牧場内に祀られた馬頭観音の前でスタッフ全員で手を合わせるのだ。その月、と畜された牛たちの冥福を祈り、感謝を捧げるために。
「命あるものをいただく以上、せめてものお礼というか償いとして、できる限りのことをしていきたい」と話す上田さん。そんな上田さんの思いが細部まで行き渡る牧場では、「人も牛も幸せな畜産」の姿が、確かに結実していた。
DATA
北十勝ファーム
北海道足寄郡足寄町美盛3番地19
文・写真/曽田夕紀子(株式会社ミゲル)