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【農業×漁業の脱炭素プロジェクト】牛のメタンガスを抑制する「カギケノリ」を飼料に

牛のゲップに含まれるメタンガスも、決して無視できない存在だ。牛に飼料として与えることで、メタンガスの抑制効果を発揮する海藻・カギケノリに、注目が集まっている。

メイン画像:カギケノリに含まれている化学物質「ブロモホルム」が、牛の消化器官で生成されるメタンガスの量を抑えるとされている。

畜産業界と漁業界の
双方へのメリットを期待

カギケノリは、台湾やオーストラリア、ハワイなどの海で確認されている紅藻類の一種。国内では、鹿児島や沖縄など熱帯・亜熱帯地域を中心に生息する。畜産大国、オーストラリアにある研究開発機関「オーストラリア連邦科学産業研究機構」では、カギケノリを対象とした研究が進んでおり、カギケノリを牛の飼料に全体の約0.2%の割合になるよう混ぜて与えることで、牛のゲップに含まれるメタンガスが最大98%減少するという研究結果も発表されている。

このカギケノリの驚異的な働きに着目し、牛のゲップ由来のメタンガスを削減する「The Blue COWbon Project」を立ち上げたのが、バイオメディカル・ヘルスケア分野や環境分野における研究・開発を行う株式会社アルヌール。同社で研究・開発に携わっており、「The Blue COWbon Project」のリーダーを務める吉川真希さんは、これまでの経緯を次のように語る。


牛の第一胃で飼料が発酵する際、メタンガスが発生する。1頭の牛から1日200〜400ℓのメタンガスが出るとされている。

「以前より弊社では、微細藻類を対象とした研究を行ってきました。微細藻類は、化粧品をはじめとする製品に用いられますが、製品の製造後、微細藻類の残渣が大量に出ます。これを活用できないかと考え、さまざまな情報にあたっていた時、偶然、海外で発表されたカギケノリにまつわる研究結果を知りました。個人的に、長らく環境問題に関心を抱いていたので、この研究結果にとても惹かれて。『日本でもカギケノリを活用し、環境問題の解決に役立てたい』と考えました」。

日本におけるカギケノリの生息地を知ろうと、インターネットで情報を検索していた時、吉川さんの目は、ある動画に釘付けになった。そこには、海中の海藻・海草が消失する「磯焼け」により、魚の産卵場所や住みかが失われ、漁獲量が減少していること、二酸化炭素を吸収する海藻・海草の減少により、地球温暖化がさらに進む可能性があることを訴える、鹿児島県内の漁師、川畑友和さんの姿があった。

「動画で川畑さんは、現状を改善する手段の一つとして、カギケノリをはじめとする海藻、アマモに代表される海草の養殖があるともお話しされていて。また、この動画には、海中で撮影されたカギケノリの映像も映っていたので、『この方は、カギケノリの生息地を知っているんだ! 協力が得られれば、カギケノリを活用する糸口が見つかるはず』と考え、川畑さんにコンタクトを取りました」と吉川さん。


カギケノリの調査をする、吉川さんと川畑さん。川畑さんは、漁師として働きながら、山川町の海で藻場の再生活動にも取り組んでいる。

その後、協議を経て、川畑さんが所属する山川町漁業協同組合と株式会社アルヌールは、共同でカギケノリの養殖プロジェクトに取り組むこととなった。なお、吉川さんは協議をする中で、次のような手応えを得たという。

カギケノリの養殖に成功し、牛の飼料として供給できるようになれば、畜産現場から排出される温室効果ガスが削減されます。また、養殖によってカギケノリが増えれば、温室効果ガスの吸収・固定量が増えるばかりか、海中の環境は魚が住みやすいものへ変わるでしょう。『このプロジェクトを実行することで、地球環境の改善に貢献できる上、畜産と漁業の2つの現場にメリットがもたらされる』と思いました」(吉川さん)。



削減した温室効果ガスを
売買するための仕組みも


海でカギケノリを採取する吉川さん。

今年4月、山川漁港近辺でカギケノリを採取したプロジェクトメンバー。これを実験用として冷凍保存し、適宜使用しているという。

プロジェクトが発足してから約1年が経過し、カギケノリの養殖に向けた具体的な研究も着々と進んでいる。吉川さんによると、現在、カギケノリの種の培養が研究室で行われているそう。カギケノリは冬季に大きく生長する性質をもつため、この冬には、培養した種を用いて海面で養殖実験を行う予定だという。吉川さんは、期待を込めて次のように語る。


「The Blue COWbon Project」の主要メンバー。右側から時計回りに、川畑友和さん、吉川真希さん、星淳行さん。

「養殖に関連した知識をもつ専門家や漁師さんたちが、カギケノリの養殖を成功させるため力を貸してくださっています。海面での養殖は、成功する可能性がかなり高いと考えています」。  

将来的に株式会社アルヌールは、飼料メーカーと協業し、カギケノリを使った飼料を販売する予定だ。なお、飼料を製品として販売する段階を見据え、新たな計画を構想している。畜産農家にかかる負担を抑えつつ、本飼料を導入してもらうための方法だ。

「飼料の価格が高騰している今、増加する経費に経営を圧迫されている畜産農家さんは、たくさんいます。畜産業界全体が苦境にある今、メタンガスを削減するための取り組みに対して積極的になれる農家さんは、少ないのでは。こうした現状を鑑みて、カギケノリの飼料を導入した畜産農家さんが、『カーボンクレジット』を利用できるようにしたいと考えています」(吉川さん)。

「カーボンクレジット」は、取り組みをとおして削減・吸収された温室効果ガスを「クレジット」とし、企業間などで売買できる仕組み。温室効果ガスを削減・吸収した企業は、「クレジット」の販売によって利益を得ることができる。一方「クレジット」を購入した企業は、経営上削減できない温室効果ガスを、購入したクレジットによって相殺できる。

「カギケノリを使った飼料の導入により、削減されたメタンガスを『クレジット』として扱えるようにし、畜産農家さんが販売できるようにしたいですね。また、『クレジット』の販売によって得られた収益が、カギケノリの飼料にかけた経費と同等、あるいは上回るようになれば美しい循環が生まれるのでは、と考えています」(吉川さん)。



DATA

山川町漁業協同組合
鹿児島県指宿市内にある山川漁港を拠点に、かつおなどの水揚げを行う。これに加え、ヒラメ放流などの繁殖保護事業、山川湾養殖漁場にてブランド認定魚「いぶすき 菜の花カンパチ」の養殖事業なども展開。


株式会社アルヌール
微細藻類の培養装置と、そのオペレーションノウハウを基幹技術としたバイオメディカル・ヘルスケア分野および環境分野における研究・開発、技術提供、関連商品の販売を行う。所在地は、東京都渋谷区。


取材・文:緒方佳子
写真:松尾夏樹

AGRI JOURNAL vol.29(2023年秋号)より転載

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