直販・ネット販売に! 『誰に・何を・どう届けるのか』明日から試せる「デザイン思考」の初め方
2026.08.03
ベンチャー企業出身農家のコラム『マシュー農LABO』。今回は「デザイン思考」を農業に取り入れてみます。「作るのは得意だけど、売るのは苦手」「直売所やネット販売で誰に何を届けたらわからない」などを感じたことある農家の皆さまに読んでいただきたいです。
はじめに
「作るのは得意だけど、売るのは苦手」「新しい品種や資材を試したいけど、失敗が怖くて踏み出せない」「直売所やネット販売を始めたものの、誰に何を届ければいいのか分からない」そんなふうに感じたことのある農家さんにこそ、読んでいただきたい記事です。
特別な才能もセンスも、大きな設備投資もいりません。
必要なのは、お客さんや畑、作物を「よく見る」目と、小さく試して確かめる一歩だけ。
デザイン思考を取り入れると、農家は「相場や慣れに流されて作る人」から、自分の目で客と畑を理解し、自分の頭で次の一手を決められる人に変わっていけます。
天候にも、値上がりにも、売り先の変化にも、やみくもに動くのではなく「試して学ぶ」ことで、しなやかに対応できるようになる。
つまりこれは、変わりゆく時代を自分の判断で生き抜くための、農家のための考え方です。むずかしい理屈は抜きにして、明日から畑でできる形までお伝えします。どうぞ肩の力を抜いて読み進めてください。
1.「デザイン思考」って何?
2.デザイン思考のステップ
―実際の効果を判定しづらいバイオスティミュラントを題材に5ステップの流れで通してみよう
3.ステップのうち、農業で特につまずきやすいのは?
4.どうしてデザイン思考が農業に必要なのか?
5.明日からできる農業のデザイン思考
「デザイン思考」って何?

まず、言葉の印象は一度わきに置いてください。
デザイン?そんなもん農業には必要ない!と思った方にこそ、ぜひ読んでいただきたいです。
「デザイン」と聞くと、絵やパッケージなど見た目をきれいにすることを思い浮かべがちですが、デザイン思考の「デザイン」はそういう意味ではありません。ここでの「デザイン」は、「困りごとを解決する段取りを考える」という意味です。
ひとことで言えば、デザイン思考とは次のような考え方のことです。
「相手をよく見て困りごとを見つけ、いきなり完成形を目指さず、小さく試して直しながら、だんだん良い答えに近づけていく進め方」
実はこれ、優れた農家が昔から自然にやってきたことに近いものです。
たとえば、新しい品種をいきなり全部の畑に植えるのではなく、まず畑の隅で少しだけ試して、うまくいったら広げていく。お客さんの反応を見て、来年の作付けを変えていく。
こうした「試して、見て、直す」のやり方を、もっと意識して、販売や経営の工夫にまで広げていこう、というのがデザイン思考です。
つまり特別な技術ではなく、昔ながらの農家の知恵を、考え方として整理し直したものだと思ってもらえれば十分です。
なぜ今、この考え方なのか?
売り先が農協や市場だけでなく、直売所・ネット販売・飲食店との直接取引へと広がり、「誰に・何を・どう届けるか」を自分で考える時代になりました。
さらに天候の変化や人手不足、社会情勢における資材の調達困難など、答えのない課題も増えています。
こうした変化の時代に、よく見て、小さく試し、確実に学ぶデザイン思考の姿勢が農業経営にも必要な時代になってきたと感じています。
今回の記事では、その中身を整理したうえで、農業に応用するときの難しさと、明日から誰でもできる具体策までを提案させていただきます。
デザイン思考のステップ
さっそくですがデザイン思考は、次の5つの段階で進むと整理されています。
大事なのは、これが一本道ではなく、何度も前の段階に戻りながらぐるぐる回す繰り返しの流れだという点です。
また、観察相手は人間(消費者)でなくても良いことを忘れないでください。作物や雑草を相手として考えることができるようになることもデザイン思考を農家が取り入れることの意義です。
それでは、デザイン思考のステップについて説明させていただきます。
STEP1
よく見る(相手を理解する)
・観察と聞き取りから、相手の行動の裏にある気持ちや本音を推測する
STEP2
課題を見きわめる
・集めた事実をまとめ、「本当に解くべき困りごと」を一文でまとめてみる
STEP3
案を広げる
・良し悪しを判断せず、解決策をできるだけたくさん出す
STEP4
小さく試す
・案を、安く・早く・小さく試せる形にする
STEP5
確かめる
・実際に試し、その反応を次のひと回りに活かす
と、デザイン思考の流れを解説しましたが、実際どのように取り入れるのか?
実際の効果を判定しづらいバイオスティミュラントを題材に
5ステップを上記の流れで通してみよう
舞台設定:夏の高温でトマトの実つきが悪くなっている露地・ハウス農家
STEP1:よく見る(相手を理解する)
畑に通い、農家の作業を観察し、話を聞く。
本人は「肥料が足りないせいだ」と言って追肥を増やしているが、よく見ると実が落ちるのは決まって7〜8月の猛暑の時期で、花の時点でポロポロ落ちている。葉はむしろ茂っている。つまり「足りない」のではなく、高温で植物がストレスを受け、受粉・着果に力を回せていないという本音(実態)が見えてくる。
STEP2:課題を見きわめる
集めた事実をもとに、本質的な課題を見極める。
課題設定は間違っていても良くて、課題をたてて、実行し間違っていることがわかることもデザイン思考の考え方のひとつです。
「本当に解くべきは、肥料不足ではなく、真夏の高温ストロスで花が落ち、着果率が下がってしまうことだ。」ここを言い切れると、課題に対する打ち手が「追肥」から「高温ストレスをどう和らげるか」へガラッと変わります。
STEP3:案を広げる
良し悪しを判断せず、とにかく数を出す。
海藻エキス(アスコフィラム由来)の葉面散布、アミノ酸資材で回復を助ける、腐植酸で根張りを強くする、菌根菌など微生物資材で吸水を支える、遮光ネット、灌水のタイミング変更、開花期だけ集中散布、安価な木酢液との比較…。この段階ではバイオスティミュラント案も従来手法も並べてぜんぶ出す。
STEP4:小さく試す
全部の畑でいきなり使わない。安く・早く・小さく。
たとえば「ハウス1棟のうち2列だけ」「開花が始まる2週間前から週1回、海藻エキスを葉面散布」と決める。残りの列はいつも通り(=比較用)。コストも手間も最小限で、1シーズン待たずに数週間で差が見える形にする。
STEP5:確かめる
散布した列としていない列で、花の落ちた数・着果率・実の大きさを実際に数えて比べる。
「猛暑の週でも着果率が落ちにくかった」なら次は範囲を広げる。「変化が小さい」なら散布の頻度・濃度・タイミングを変える、あるいは別の案(微生物資材)に切り替える。この反応を持って、また1(よく見る)に戻り、ひと回りを次に活かす。
ポイントは、バイオスティミュラントを「とりあえず撒く魔法の薬」として最初から全面導入しないこと。「本当の困りごと(高温ストレス)」を見きわめてから、小さく試して効果を確かめるので、ムダな資材費をかけずに、自分の畑に合った使い方が見つかります。
と、実際の農業の現場でもデザイン思考が活きることをちょっとでも感じていただけたら嬉しいです。
ステップのうち、農業で特につまずきやすいのが
「よく見る」と「小さく試す」の2つ
難しさ①:本当に欲しいものは、買う人自身も気づいていない

デザイン思考でよく言われるのが、「人は自分が本当に欲しいものを言葉にできない」ということです。
昔、車のない時代に「何が欲しいか」と聞けば「もっと速い馬が欲しい」としか返ってこなかった、という有名な話があります。直接たずねても、出てくるのは今ある物の延長線上の答えだけなのです。当時馬車社会の人たちには「車」というアイデアは出てこなかったでしょう。
これは直売所でも同じです。「どんな野菜が欲しいですか」と聞いても、「安いもの」「新鮮なもの」という当たり前の答えしか返ってきません。ところが実際の買い物の様子を見ていると、口で言うことと、実際の行動がずれているのがわかります。
たとえば「使い切れる少量パックを手に取る」「料理の姿が思い浮かぶ品が売れる」「子ども連れは見慣れない品種を避ける」こうした事実は、本人に聞いても出てこない、隠れた本音です。
デザイン思考では、この語られない本音や消費者自身が気付いていない本質的な価値を、発言ではなく行動を見ることから拾います。
農家にとってこれは、相場や慣れたやり方に従うのではなく、自分の客を自分の目で理解し、ほかとの違いを生む出発点をつかむということです。
難しさ②:農業では「小さく早く」試すのが、そもそも難しい

デザイン思考のもう一つの肝は、「失敗の痛手を小さくし、試して学ぶ回数を増やす」ことです。ところが農業は、これが非常にやりにくい仕事です。
私自身もここに一番苦労しています。
理由ははっきりしています。
作物は年に一度しか作れないこと、天候という思い通りにならない要素が結果を大きく左右すること、そして畑には限りがあり、失敗がそのまま収量と収入の損失になることです。
「とりあえず試す」の代償が、ほかの仕事に比べてずっと大きいのです。
だからこそ農業では、試す範囲をわざと小さく区切る工夫が欠かせません。
畑全体ではなく一畝で、全部の株ではなく一部で、本番ではなく予備で試す。一度に変えるのを一つに絞れば、何が効いたのかもはっきりします。
「小さく早く」は放っておいては実現しないからこそ、それを自分で仕組みとして作り込むことが、農業でのデザイン思考の腕の見せどころです。
どうしてデザイン思考が
農業に必要なのか?
この難しさを踏まえてもなお、デザイン思考がこれからの農業経営と相性がいい理由ははっきりしています。
まず、売り先の主導権が作り手に移っていること。直売所、ネット販売、定期便、飲食店との直接取引が広がり、「誰に・何を・どう届けるか」を自分で考える力が、もうけを左右するようになりました。これは買う人をよく見ることを出発点にするデザイン思考そのものです。
次に、答えのない課題が増えていること。天候の変化、人手不足、資材の値上がり、鳥獣害には、教科書どおりの正解がありません。完璧な計画を立ててから動くより、小さく試して結果から学ぶやり方のほうが、先の読めない状況に強いです。
最後に、設備投資の失敗を避けられること。便利な機械や道具、新しい品種は選択肢が増える一方です。「はやっているから」ではなく「自分のどの困りごとを解くために使うのか」から考えれば、高い買い物の無駄を防げます。
明日からできる
農業のデザイン思考
最後に、特別な道具もお金もいらず、誰でも明日から始められるやり方を提案します。先ほどの「よく見る」と「小さく試す」を、現場の動きに落とし込みました。
1.直売所や市場で「言葉」ではなく「手元」を見る
お客さんにたずねる代わりに、10人が何を手に取り、何を棚に戻し、何と一緒に買ったかを、5分だけメモします。聞くのではなく、行動を記録するのがコツです。
「ピーマンを戻して甘長を買う人が多い」といった、聞いても出てこない事実が見えてきます。
2.「気づきノート」を一冊持つ
お客さんのひと言、出荷先からの何気ない要望、ネットの書き込みを、良し悪しを判断せずそのまま書き留めます。週末に読み返すと、ばらばらの声が「何度も出てくるパターン=隠れた本音」として浮かび上がります。
3.「一畝・一株・一週間」と決めて小さく試す
新しい品種・資材・作り方を試すときは、必ず全部ではなく一番小さい単位から始めると決めておきます。失敗しても損は小さく、学びだけが残ります。変えるのは毎回一つに絞ると、何が効いたのか判断できます。
4.売り方を「3パックだけ」で試す
新しい売り方の思いつき(少量パック、料理の作り方を添える、詰め合わせ)は、いきなり全部でやらず、まず3パックだけ作って反応を見ます。売れ行きという一番正直な答えが、その日のうちに返ってきます。
5.ひと作ごとに「ふりかえり3行メモ」を書く
収穫や出荷の区切りに、「やってみたこと/結果/次に変えること」を3行だけ書き残します。これこそがデザイン思考のぐるぐる回す流れそのもので、毎年の試みを確実に次の改善へつなげる仕組みになります。
おわりに
農業は、ひと回りが長く、天気に振り回され、失敗の痛手も大きい。
だからこそ、やみくもに動くのではなく、よく見て、小さく試し、確実に学びを積むデザイン思考の姿勢が効いてきます。
必要なのは大きな設備ではなく、「お客さんや取引先の手元を5分見る、本質的な欲求を探ってみる」「一畝だけ試す」という小さな一歩です。
その積み重ねが、変わりゆく時代を生き抜く農家の確かな力になっていきます。
プロフィール
藤井マシュー武雄

宮崎県新富町にて、7年前に就農。現在はさつまいもを6ha、大根や人参などの露地野菜を1ha栽培しながら、さつまいも観光農園GOOD TIME FARMを運営。収穫する喜びを多くの人に体験してもらおうと、日々活動しています。GOOD PEOPLES代表。
HP:https://gdps.jp/
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