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生産力は向上する? 費用対効果は? 専門家に聞くスマート畜産のメリットとトレンド技術

現在搾乳ロボットは、メガ酪農経営のみならず、中堅規模経営にも続々と導入されているという。様々な課題を抱える畜産においてスマート化は、経営の大小問わずもはや必然の波だ。今回は「スマート畜産」のメリットやトレンドの技術について専門家に伺った。

畜産とスマート化は
好相性である

生産者の担い手不足、防疫、悪臭、そして、海外飼料依存など。日本の畜産が抱える課題は、近年、深刻さを増している。そうした諸問題を解決するための画期的な手段として期待され、現在、普及が進んでいるのが、「スマート畜産」として括られるロボット、AI、IoT技術の数々だ。 
 
スマート畜産の普及が進む背景について、宇都宮大学の池口厚男教授は、こう解説する。
 
「TPP対策施策の一環として、必要な施設整備等を支援する『畜産クラスター関連事業』が始まった2014年頃から、日本でも一気に普及が加速化しました。また、2016年に閣議決定された「第5期科学技術基本計画」において、日本が目指すべき未来社会のコンセプト『Society5.0』(※)が提唱されたことも追い風になりました」。 
※ロボット、AI、ビッグデータ等の革新技術を社会に取り入れることで実現する新たな社会のこと。
 
行政の後押しによって第一次産業のスマート化が推進される形になったが、とりわけ畜産の分野は、「スマート化との相性がいい」と池口教授。
 
「生産者がスマート化を躊躇する理由として、生産力向上に繋がるかどうか、費用対効果があるかどうかが分からないという問題があります。たとえば耕種農業では、農作物の単価が安いため、スマート機器をただ導入するだけでは費用をなかなか回収できないケースも生じます。一方で畜産は単価が高いため、初期投資も収益によってカバーしやすい。
 
また、搾乳ロボットに関しては、導入すると収量が10%上がるというデータもあります。つまり費用対効果が高い。畜産におけるスマート化は、理にかなっているのです」。 
 
近年、世界的にも注目されているアニマルウェルフェア。その観点からも、スマート畜産がもたらす効果は大きいという。
 
「畜産のアニマルウェルフェアは、家畜の快適性に配慮した飼養管理を達成し、家畜を健康に飼うことで消費者に対しても安心安全な商品を提供をするということに繋がります。日本では特に、家畜が一生のほとんどを畜舎内で過ごすことから、畜舎のスマート化によって快適性を高めたり、個体の管理を高度なレベルで扱えたりすることで、家畜の病気やストレスの軽減にも繋がります」



トレンドは個体管理と
クラウドシステム

酪農・肉用牛・養豚・養鶏の各畜種向けに、様々なIoT製品やサービスが登場しているが、内容は大きく次の5つに分類される。(出展:農林水産省『スマート農業技術カタログ』より)

センシング・モニタリング:生体データ(繁殖機能や栄養・健康状態等)や飼養環境に関するデータを提供する技術
生体データ活用:生体に関するデータをAI等で活用する技術
飼養環境データ活用:飼養環境に関するデータをAI等で活用する技術
自動運転・作業軽減:自動運転ロボット等の導入により作業の軽労化を図る技術
経営データ管理:経営の現状分析、計画作成、進行管理等を行う技術

トレンドとしては、どんな技術が注目されているのだろうか。
 
「まずは、一頭一頭の個体管理を高度化する技術ですね。どういう行動をするのか、作業がどれくらいかかっているのか、個体情報をとり、生産にフィードバックして高度な管理をします。酪農分野で特に顕著です。次に、様々な情報をクラウドに集め、情報を見える化して経営に反映するようなシステムが多く出ています。これは、各畜種で普及が進んでいます」。 
 
スマート畜産の市場は、日進月歩である。より生産性を高めるために、現在は別々の頭脳を持ったシステムとして個別に稼働しているIoT製品やサービスを一元化し、そこから制御・指示を可能にするクラウドの開発も進んでいるという。 
 
生産性を高め、驚異的な省力化を可能にしてくれるロボット、AI、IoT技術は、まるで魔法の道具のようだ。しかし、「導入にあたっては冷静に一考を」と池口教授は助言する。
 
「そもそも『スマート畜産』とは課題を解決するために開発された技術です。ただ導入すれば、儲かる、楽になるというものではありません。なぜその機器が必要なのか、どんな経営をしていきたいのか。目的を明確化することで、より正しい形で活用でき、効果を実感できるようになるはずです」。 
 
省力化によって得られた時間や人員を、たとえば、新たに自家飼料生産に充てれば、ブランディングという点でも価値を発揮するだろう。 スマート畜産の発展は、それぞれが思い描く未来のためにある。



畜種別トレンド解説

全畜種共通
レイアウトの自由度が高いスマート畜舎、AI(機械学習)を用いた経営管理システムなど。防疫や暑熱、悪臭問題を解決する技術の開発にも期待が寄せられている。

酪農
業界でも最もスマート化が進んでいるのが酪農だ。全国ですでに数万台の導入実績がある搾乳ロボットに端を発し、哺乳ロボット、自動給餌器、自動敷料散布機、自動餌寄せロボット、お掃除ロボットなど、自動運転ロボット系が人気

牛に取り付けたセンサーや畜舎に設置した赤外線モーションセンサーなどから、牛の行動や生理変化、分娩・繁殖・発情兆候などをセンシングする監視システムも充実

肉用牛
一頭一頭の個体管理が比較的容易な肉用牛は、酪農と同様、スマート化が進んでいる。酪農と共用展開する技術やサービスも多いが、肥育牛の血中ビタミンAセンサーを搭載し、肉質を管理する技術など、肥育に特化した精密管理システムも開発されている。

養鶏
飼育数が多く、費用面やシステム面でも個体管理が難しい養鶏では、実用化している製品やサービスは他畜種ほど多くはない。畜舎の環境をセンサーによって常時監視する技術や、画像認識技術によって斃死鶏の検知作業を行うシステムなどがある。池口教授が開発した自律走行噴霧ロボットも。

養豚
養豚における重要な作業の1つである、体重測定。スマートフォンなどで撮影した画像から豚を判別し、体重推定を行うデジタル目鑑サービスなどがある。衛生管理に役立つ、自動洗浄ロボットも注目を集める。
 

教えてくれた人

池口 厚男さん

宇都宮大学農学部 教授。1989年筑波大学大学院博士課程修了。筑波大学農林工学系助手、農林水産省畜産試験場、アイオワ州立大学、(国研)農研機構(現)を経て、2013年に現職。悪臭・微生物の拡散に関与する畜産におけるエアロゾルの研究を主に従事。鶏舎内の自律走行噴霧ロボット、次世代閉鎖型牛舎システム等を開発。


文:曽田夕紀子(株式会社ミゲル)

AGRI JOURNAL vol.15(2020年春号)より転載

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