「生産活動そのもの」を価値として販売するには? コメ農家の未来を切り開く、生産者の奮闘
2023/03/31
持続可能な生産そのものを
売ることはできないのか?
無の会の有機栽培を尊いものにしているのが、自家製の堆肥だ。有機栽培の成否の鍵を握るのが土作りであり、それを担うのが堆肥である。無の会ではこの堆肥を内製しているのだが、注目すべきはその原料。なんと地元企業などと連携して、そのほとんどで会津の植物性資源を活用している。酒造会社からは酒粕を、古民家からは茅を、豆腐店からはおからを、といった具合である。
これらは、それまでは各企業がお金を払って処分していたものであり、焼却により大気中に二酸化炭素として放出されていた。これを無の会が買い取ることで炭素を土中へと還すことができる。廃棄物を買い取ってもらえる地元企業は大助かりだし、肥料の海外依存率を下げて輸送時の二酸化炭素排出を抑えることもできる。そして何より、無の会は年ごとに豊かになる土作りと、安心安全な米作りを実現できる。
無の会には、宇野さんと岡本さんのほか、町会議員をしながら野菜とイチゴの無農薬栽培に取り組む渡辺さん、大学を休学して加わった寺島さんと、若者が集まっている。一番左はお隣の生産者で協力者の斎藤富男さん。
こうして自家生産した堆肥を、全体の95%以上の肥料として田んぼや畑に還している。資源の地域循環は、理屈としては合理的であるが、仕組みとして構築するのは至難の業。それを実現することで、自社の有機農業生産を持続可能なものにした。だからこそ無の会の有機農業には大きな価値がある。
「この地域でも離農者が少なくありません。そうした農地を私たちが担い手として引き受けて、少しずつ有機栽培米を拡大していきたいですね。それには紙マルチ田植機は欠かせません。除草に要する手間暇を圧倒的に減らすことができますから」と宇野さんは語る。
地域から出る植物性資源を活用した自家製堆肥。
環境に優しく美味しい米作り
その行為自体を販売する
美味しい有機米を作り直販で高く売る……そこまでは取り組んでいる水稲生産者も少なくないはずだが、無の会では、さらに次の一手を模索している。
「環境への負荷が低くて美味しい私たちのお米は高く評価していただいており、近年は特に有機米は作ったら確実に売れていきます。それもJAに出すよりも遥かに高い値段で購入いただいているのですが、私たちの取り組みまですべて含めて考えれば、もっと高い値段でも良いはずなんです。ありがたいことに私たちの取り組みをテレビで紹介していただいたこともありますし、SNSでの発信にも力を入れていますが、定期購入につなげるのは難しかった。もう一歩先に進むには、私たちの生産活動そのものを、より深く理解して共感していただく必要がある。それができれば、未来が開けるのではないかと思ったんです」。
宇野さんは海外の専門書のみならず日本の伝統農法も学んでいる。「会津農書から学ぶことは多い」と宇野さん。
無の会では、単なる農作物の生産ではなく事業としての価値を見てもらうことを大切に考えている。どういう想いで、どうやって作られたのかを開示して理解してもらい、そこに価値を感じて購入してもらう、という方法だ。
「私たちは環境に負荷を掛けない有機農業を通じて地域農業を継承して、これから世代交代の必要な田畑の新たな担い手となる若手循環型・有機栽培の技術者を育成していきます。そうしたビジョンや取り組みも発信しているところです。今、日本の企業でもCSR(企業の社会的責任)という考え方が定着しつつあります。また、どの業界も働き手不足ですから、社員に福利厚生制度を用意している企業もあります。ですから、社員食堂に当会のお米を納入するだけではなく、例えば社員さんが家族で会津に来て、田植や収穫をして、そのお米を食べてもらう、なんていう価値のある体験を提供することが可能です」。
水田は農業生産者の所有物ではあるが、生物多様性を保つ場であり、また治水としての防災面や、さらには地域そのものを維持するためにも必要とされてきた。ところが、それら「生産以外の機能を販売する」という考え方はなかった。無の会は、そこに挑戦しているのだ。
「こんな新しい取り組みができるのは、農薬を使うことなく美味しいお米を作ることができるからです。幾ら若手が増えてきているからといって、無農薬でお米を栽培するには、優れた雑草対策が必要です。なんだかんだ言って農業の根幹は生産ですから、そこを紙マルチ田植機が助けてくれている……本当に感謝しています」。
無の会の田んぼで稼働する紙マルチ田植機を、初めて農機に乗る都会人が操縦する……そんな光景が近い将来に見られるかもしれない。美味しいだけでなく環境負荷の低い農業生産そのものの価値を付加して販売する、という無の会の新しい販売方法を、紙マルチ田植機が支えている。
PROFILE
プロデューサー
宇野宏泰さん
アメリカで大学時代を過ごした宇野さんは、1年かけて全国30件以上の自然栽培農家を巡った。最後に訪れた無の会で衝撃を受け、その日のうちに会津への移住を決意。事業と経営プロデュースに携わりながら、現代の有機栽培理論や伝統農法を学んでいる。
問い合わせ
取材・文:川島礼二郎
AGRI JOURNAL vol.27(2023年春号)より転載
Sponsored by 三菱マヒンドラ農機株式会社