下水汚泥を使いやすい茶用肥料へ 鹿児島で進む「産官学農」連携の資源循環
2026.09.28
下水汚泥の肥料利用が全国的に進んでいるが、鹿児島県では地域の未利用資源を巻き込んだ独自の「産官学農」プロジェクトが始動している。下水汚泥のみならず地場産業である焼酎の副産物などを組み合わせ、地元の特産品である茶園へと還元する。そんな新たな地域資源循環モデルを取材した。
地域資源を結ぶ
鹿児島の新肥料プロジェクト
下水汚泥の肥料利用が加速しているなかで、鹿児島は少し異なる方向を目指している。菌体りん酸肥料としての「リン」だけに着目するのではなく、地域で発生する様々な資源を組み合わせて肥料化して、それを地域の特産品に利用する。資源の「回収」ではなく「循環」を目指す取り組みだ。

その背景には、鹿児島ならではの産業構造が関係している。鹿児島県の農業産出額のうち約64%を畜産が占める一方、野菜、花き、茶、かんしょ(さつまいも)などの畑作も盛んだ。鹿児島県は全国有数の茶産地であり、かんしょの一大産地である。かんしょを原料とした焼酎産業も盛んであり、その製造過程では大量の焼酎粕が発生する。
人が住めば必ず出てくる下水汚泥。それと焼酎粕に農業生産‥‥‥それぞれ別々の現場で扱われてきた資源を一つの循環に結び直そうとしているのが今回のプロジェクトだ。プロジェクト名は「焼酎粕と組み合わせた新下水汚泥肥料の安定生産技術の開発及び実証(R5~R7)」。農水省のスマート農業実証事業の一環として進められた。
農水省のスマート農業実証事業では、農研機構九州沖縄農業研究センターの新美洋上級研究員を実証代表としたコンソーシアムが組織され、「茶用肥料」と「かんしょ・園芸作物等用肥料」という2つの肥料とその施用法を開発し、全県レベルでの循環モデル構築を目指してきた。

茶用肥料の中心となるのは鹿児島県工業高等専門学校の山内正仁教授。参画機関には農研機構九州沖縄農業研究センター、鹿児島県農業開発総合センター、株式会社三州衛生公社、ヘンタ製茶有限会社、株式会社日水コン、鹿児島市水道局、霧島市上下水道部が名を連ねる。高専、研究機関、自治体、農家が一体となり、研究から社会実装までを同時に進める体制だ。山内教授は最初に、県内における下水汚泥利用の現状について説明してくれた。
「県内の自治体では下水汚泥が大量に発生しています。鹿児島市では下水汚泥肥料『サツマソイル』として年間1万トンを生産しており、これは全国トップクラスの規模です。さらに菌体りん酸肥料として登録された『マグマソイル』の販売も始まっています」
鹿児島県工業高等専門学校 創造デザイン工学科 教授 山内正仁さん
鹿児島市は下水汚泥肥料の分野では先進地域の一つだが、山内教授はその先に目を向けていた。
「これら下水汚泥由来肥料は、農業生産の現場には思ったほど普及していません。また焼酎粕が年間約20万トン排出されていますが、これらも十分に農業利用されているとは言えない状況です。一方で、農業生産の現場は、肥料価格の高騰に悩んでいる。ならばそれらを一つに繋げられないか、と考えました」
下水汚泥に焼酎粕などを加え
特産品に合わせた新肥料を開発
鹿児島県で開発された、茶用肥料
プロジェクトで開発している肥料は2種類。1つは今回取材した、下水汚泥に加えて焼酎粕、米糠、竹おが屑を混合して条件的嫌気的発酵・ペレット化させた「茶用肥料」。もう1つは、鹿児島市の下水肥料「サツマソイル」に焼酎粕を加えて粒造化した「かんしょ・園芸作物等用肥料」。いずれも県の特産品の生産に適した肥効を持たせ使いやすいように設計している。
肥効を作物に適したものにするうえで、焼酎粕は重要な役割を果たしている。
「焼酎粕には原料であるかんしょ由来のカリウムが含まれています。茶用肥料ではカリウムはさほど多く必要とされませんが、かんしょ・施設園芸等用肥料にはカリ成分を最大4%程度にまで高めることができます。製造過程に工夫を凝らして、条件的嫌気的発酵を採用しています。下水汚泥の堆肥化では、一般的には好気的発酵が使われます。それでは切り返しを行う際に、せっかく含まれていた窒素成分がアンモニアガス(NH3)として揮散してしまします。これは臭いの原因になりますし、大切な肥料成分が減ってしまいます」
実際の切り返し作業
「そこで本プロジェクトでは、酸素を抑えた状態で発酵を進める条件的嫌気的発酵を用います。切り返し時のみ通気する方式ですから、アンモニア態窒素の揮散を抑えて肥料成分として保持することができるのです」
下水汚泥には元々リンは豊富だから、これで茶用肥料で必要とされるNPが確保できる。条件的嫌気的発酵した肥料は最終的にはペレット化されるため機械散布が可能となり、散布作業の効率化も実現。肥効・撒きやすさも合わせて、農家が求める肥料が完成する。
ヘンタ茶園も高評価!
地域の持続可能性を高める
コンソーシアムに「農」の立場から参加しているのが、霧島市のヘンタ製茶。本プロジェクトの源流となる取り組みが始まったときから実証圃場を提供し続けている。霧島山麓の標高200~300mに茶園を持ち、有機JAS認証のもとで茶生産を行っている。

茶の有機JAS栽培は容易ではない。病気・害虫への対策、ドリフト‥‥‥これらが高い壁となるが、ヘンタ製茶は森に囲まれた岡の上に農地を広げて、この壁を乗り越えた。栽培面積は27ha、年間生産量は約120トン。そのうち抹茶・てん茶は約30トンを占める。同社の茶園の一部にて、開発された茶用肥料と従来肥料を並行して使用して、生育や散布効率の比較が進められている。

取材当日は幸運なことに、一番茶の収穫日だった。茶園にはヘンタ製茶の従業員と山内・片平研究室の学生が集まり、収穫した茶葉の重量を測定していた。邉田孝一社長は、今回の取り組みに参加した理由について、有機栽培とは異なる視点をあげた。
ヘンタ製茶有限会社 代表取締役 邉田孝一さん
「この取り組みは、有機という文脈ではありません。私が共感したのは地域内の資源循環という考え方です。地域で発生した資源を、地域の農業で活用する。この流れを作ることに、大きな意味があるのです。近年は茶の海外からの需要が増えていますが、茶業界を取り巻く環境は厳しさを増しています。お茶は肥料を食う作物ですが、肥料代は上昇傾向にあります。有機肥料が手に入りにくくなる可能性もあります。そう考えると、地域で確保できる資源を肥料として活用する仕組みを作っておくことは、極めて重要です」
輸入肥料が高騰した際の地域農業の持続可能性にとって重要だ、との指摘だ。
「この茶用肥料は肥効について工夫されていて、原料に米糠を加えています。お茶の味は肥料の影響を受けます。そのため当社では一般的に、アミノ酸を豊富に含む、地域から出る魚粕を大量に使っています。茶用肥料では、焼酎粕にもアミノ酸は含まれていますが、さらに米糠を原料に加えることで、アミノ酸を足しているのです。今は魚粕が値上がりしていますから、この茶用肥料を部分的にでも利用できれば、経営的にも助かります」
社会実装に向けての壁

地域循環の仕組みが構築されていて、散布効率は良好、肥効も問題ない。後は本格的な生産を待つのみ、かと言えば、そうとも言い切れないようだ。というのも、そもそもこの茶用肥料は下水汚泥が原料に含まれているため、有機JAS制度下の有機JAS資材にならない。そのためヘンタ製茶では、この茶用肥料を全面的には利用できない。資源循環という観点では有意義であっても、有機認証制度との間にはギャップが存在する。山内教授はその現状について率直に語った。
「残念なことに、有機先進地域であるEUを含めて世界的に、有機資材の登録可否は原料の種類や発生源に基づく基準で判断されており、下水汚泥はその基準に適合しないため、有機資材として登録対象外です。日本の有機JAS制度は貿易ルールとの兼ね合いから、世界との共通性が必要。ですから日本の判断で変えるには制約があります。
ただし、それと資源循環の価値はまた別の議論。限られた資源をどう活用していくかという視点は、特に日本では今後さらに重要になっていくと思います」

菌体りん酸肥料登録については、山内教授は「検討している」と言うに留めた。このスタンスは、プロジェクト開始時から変わらない。何故だろうか? 茶用肥料は2021年に下水汚泥肥料登録を済ませている。さらに、菌体りん酸肥料の公定規格に照らし合わせると、茶用肥料は原料の観点からは、下水汚泥と混合する竹おが屑、米糠、焼酎粕はいずれも植物質原料である。これらを混合発酵したものだから規格に合致する。
山内教授は明言しなかったが、下水汚泥肥料でも不具合がない、と感じているのかも知れない。よく言われる「下水汚泥肥料」につきまとうイメージの問題も、ブランディングをしっかりすれば、合理的かつ地域に優しい地域産プレミアム肥料として認知される可能性すらある。
菌体りん酸肥料として登録するには、公定規格に定められた品質管理計画を策定し農林水産大臣の確認を受ける必要がある。運用においても、年4回(四半期に1回など)以上の成分分析、品質管理計画の遵守と記録、製造・管理体制の維持が求められる。この工数増と菌体りん酸肥料登録によるメリット(肥料成分を保証できる、安全性を保障できる、など)を、比較検討しているのだろう。
邉田社長は「当社に限っては、有機JAS資材登録できないと利用シーンは限られます。新たに取得した園地の土づくりの段階や、収穫を始める前(幼樹期)に限定して与える、といった、有機JASとして認められる範囲内での使い方に限られます。それでも地域のことを考えれば、化学肥料を利用する慣行栽培が多数派ですから、この茶用肥料を商品化できれば助かる人が多いはず。顔が見える関係性ができていれば、下水汚泥肥料で問題ないと思います」と語った。
山内教授は「有機JAS肥料で栽培した茶葉と下水汚泥等を由来とする肥料で栽培した茶葉に、どのような品質の差があるのでしょうか。地域環境保全のためであれば、下水汚泥肥料であっても問題ないように思います」と邉田社長の見解に同意した。

現在、肥料化を担う株式会社三州衛生公社では、将来的には年間1,000トン規模の生産を目指しているという。原料として使うのは霧島市の下水汚泥だ。これが実現すれば、霧島市で発生する下水汚泥の約4割を活用できるという。
市街地から排出される下水汚泥。焼酎づくりで生まれる焼酎粕。そして茶やさつまいもを育てる農地。これまで別々に存在していた地域の生活・産業・資源を結び直し、新たな循環を生みだそうとする本プロジェクト。これは単なる肥料開発ではなく、地域を再構築しようとする挑戦である。
写真/中村一平 取材・文/川島礼二郎
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