化学農薬に依存しない近未来の防除技術「青色レーザー」「オールマイティ天敵」「共生微生物」に迫る
2024/02/22
化学農薬は防除の主役を担い農業生産に貢献してきたが、近年その使用量を減らそうという動きが出てきている。ここではムーンショット型研究開発制度のもとで開発されている「化学農薬に依存しない防除技術」を紹介しよう。
国のバックアップで進む
挑戦的な防除技術開発
(提供:内閣府)
ムーンショット型研究開発制度とは聞き慣れない言葉だが、国の大型研究プログラムのこと。国は日本発の破壊的イノベーション創出を目指して、挑戦的な研究開発(ムーンショット)を後押ししている。特に重要な社会課題について国が目標(ムーンショット目標)を設定して、それを解決できる可能性のある研究をバックアップしているのだ(1)。
農業分野はムーンショット目標5に据えられており(図1)、「2050年までに、未利用の生物機能等のフル活用により、地球規模でムリ・ムダのない持続的な食料供給産業を創出する」ことを目指している。
これを実現するために8つのプロジェクトがすでに走っているが、今回注目したのは、京都大学の日本典秀教授がプロジェクトマネージャーをつとめる「先端的な物理手法と未利用の生物機能を駆使した害虫被害ゼロ農業の実現」。害虫被害ゼロコンソーシアムに所属するグループが研究を担っている。先端的な物理手法とは「青色レーザーによる物理的防除」を、未利用の生物機能とは「オールマイティ天敵」と「共生微生物による病害虫抑制」を示している。研究予定期間は2020~2029年度である。
青色レーザーで害虫を撃ち落とす
そんな未来が見えてきた!
(提供:農研機構)
青色レーザーによる防除技術は「2023年農業技術10大ニュース」(2)に選出されたので、ご存知の方も多いことだろう。ハスモンヨトウという害虫を青色レーザーで撃ち落とす、という技術だ。
ハスモンヨトウ(成虫の体長20mm弱)は蛾の一種。幼虫が野菜類のほか豆類、花き、果樹を食害する。薬剤抵抗性が発達しているため、化学農薬による防除が難しい。また、空中を素早く飛び回る成虫を効率的に駆除することは、既存の技術では不可能だ。そこで開発されているのが、成虫の蛾を青色レーザーで撃ち落とす技術。
2021年に農研機構は、ハスモンヨトウの飛行パターンをモデル化して3次元位置を予測する技術を開発した(3)。レーザー光で撃ち落とす、という行為は、飛んでいるハスモンヨトウを「検知」し、「3次元位置を予測して追尾」し、「狙撃」する、と分解できる。この「3次元位置を予測して追尾」する、というのが、この技術の重要なポイントなのだ。
(提供:大阪大学)
さらに2023年、害虫被害ゼロコンソーシアムのメンバーである大阪大学の研究グループが、本稿を監修してくれた京都大学大学院 日本典秀教授をはじめとする専門家の指導・協力のもと、ハスモンヨトウの急所を突き止めた。ハスモンヨトウの胸部や顔部は損傷が大きく、そこを狙えば比較的低い光エネルギーで駆除できることを発見した。さらに、その知見を生かして、飛んでいるハスモンヨトウを青色レーザーで撃ち落とすことに成功した(4)(図2)。
日本典秀教授は、「ひたすら撃ちまくれば、レーザーで蛾を撃ち落とすこと自体は難しくありません。ただ、それでは安全性の問題がでてきますし、なにより益虫も撃ち落としてしまいます。そのため、ターゲット害虫のみを狙って落とす=検知・追尾(3次元位置予測)する技術の開発に取り組んできました。今のところ命中率は100%には達していないので、今後さらに予測精度を高めて、命中率を上げる必要があります」と説明する。
技術そのものは屋外でも使用可能だが、レーザー照射には電源が必要なため、当初は施設栽培への導入を見込んでおり、2025年までの実用化を目指しているという。
「青色レーザーによる防除技術を確立できれば、薬剤抵抗性を獲得してしまった害虫を物理的に駆除できるようになります。家庭で使えば、例えばゴキブリやハエなどを、薬剤を使わずに駆除できるようになります。農研機構の飛翔害虫予測技術と組み合わせれば、近年猛威を振るっているサバクトビバッタを撃墜できるようになります。青色レーザーによる害虫駆除は決して夢物語ではありません。食糧増産に大きく貢献する可能性を秘めているのです」(日本典秀教授)。