野生動物による農作物被害を事前に防ぐ! 鳥獣被害対策マニュアルQ&A
2020/07/02
全国の野生動物による農作物被害は、1年間で約159億円*に上るという。しかし、正しい知識を身につけ、適切な対策をすれば、鳥獣被害は確実に減らすことができる。今回は動物の行動心理研究から最適な攻略法を導く、鳥獣害エキスパートに話を伺った。
*平成30年度農林水産省調べ
鳥獣被害対策の
攻略Q&A
Q:駆除をしているのに被害が減らないのはなぜ?
イノシシやサル、シカなどの野生動物による農作物被害が全国的に問題となり、鳥獣害対策として駆除が推進されるようになって約20年が経ちます。当時は、一年間の捕獲頭数は約20万頭ほどでしたですが、現在はその6倍、約120万頭の獣類が捕獲されています。
では、その分被害が減ったのか?というと、残念ながら状況はほとんど変わっていません。「捕獲すれば被害はなくなるはずだ」と考えてしまいがちですが、実は、そうではないのです。
獣類による農作物の被害が出るのは、畑がある場所、つまり、人の生活圏内ですが、住宅街での猟銃の発砲は鳥獣保護法で制限されています。そのため、猟師が野生動物を駆除するのは大抵、山のなかです。
被害を出す個体は、集落周辺を生活の拠点としていることが多く、山から通ってくる個体はほとんどいません。つまり、何十万頭と捕獲してもそのほとんどが無実の個体であり、加害個体は獲れていない。だから、被害が減らないのです。
Q:野生動物を畑に来させないためにはどうすればいい?
野生動物がなぜ畑に来るのか。その要因を探ると、実は自分たち人間が知らず知らず餌付けしていたという現実が浮かび上がってきます。例えば、畑の周囲にこんなものはないでしょうか。農作物の残渣、耕作放棄地で実を付け続ける放任果樹、荒れ果てた竹林、山際に植えられたままの柿・栗・枇杷など。これらはすべて、野生動物の餌になってしまいます。
畑に野生動物が来るようなら、まずその痕跡を追って周囲にそうした誘因要素がないかをチェックしてみましょう。残渣は畑に捨て置かない。誰も実をとらない柿の木は、切ってしまう。そうしたことを地域で協力して行っていくことが必要です。野生動物の被害をなくすためには、第一に野生動物を誘因しない環境を整えること、次に田畑を防護柵で囲って守ることが大切。その2つを徹底することができれば、捕獲をしなくても被害はゼロにすることができます。
Q:防護柵は、電機柵とワイヤーメッシュどっちがいい?
田畑を囲うための防護柵には、大きくわけて電機柵とワイヤーメッシュがあります。予算、畑の広さ、対象動物などによっても適正は変わりますが、大まかな特徴について紹介します。
まず、電機柵の場合は、設置が比較的簡単であること、イノシシ対策に高い効果があること、圃場面積が大きい場合は設置費用が安いことなどがメリットです。デメリットとしては、電気代がかかること(ソーラーバッテリー式は高価ですが、長期間のランニングコストを考えると安いです)、日々の電圧チェックや草刈りなど点検整備事項がワイヤーメッシュに比べて多いことなどが挙げられます。
一方、ワイヤーメッシュの場合は、設置には労力を要しますが、定期点検と補修は比較的楽。イノシシとシカともに効果的です。予算も、圃場面積が狭い(周囲100m程度)場合には、電気柵よりも安く済むでしょう。いずれも多彩な製品が揃っているので、適したものを選びましょう。
Q:柵があるのに侵入されてしまうのはどうして?
防護柵は、正しく設置することが大切です。よくありがちなのが、柵を高くする一方、下が無防備になっているケース。
野生動物にとって足のケガは致命傷なので、無闇に跳躍はしません。大抵の場合、柵の下からくぐり抜けて侵入します。イノシシなら5cmの隙間があれば鼻先が入ります。70kg程度を持ち上げる力があるので、強度の低い柵なら鼻先さえ入れば突破されてしまいます。
また、柵を繋ぐ際、端と端をハリガネで繋いでしまうケースも多い。推奨されている通り、一マス重ねて繋ぎましょう。イノシシなら20cm、シカなら17.5cmの隙間があれば通り抜けられるという試験結果も。柵と柵の隙間が10cmでもあれば、そこからギュッと身体を押し込んで隙間を広げ、侵入されてしまいます。
電機柵の場合は、道路際ギリギリまで柵を張らないように。アスファルトは通電性が低く、電気ショックの効果が失われてしまいます。また、電機柵も高めに張られがちですが、イノシシの鼻が触れる位置、地面から20cmと40cmの二段で張るといいでしょう。
Q:捕獲のために箱罠を設置するのは有効?
環境を見なおし、正しく管理する。そして、田畑を柵で防護する。その2つをしっかりと達成したうえで、さらなる効果を求める場合には捕獲が有効です。
畑の作物や集落内の放任果樹の味を覚えてしまった野生動物の多くは、山に帰りません。また、イノシシの場合なら、1年を通して餌にありつける環境があると畑周辺の耕作放棄地などで繁殖をし、山の暮らしを知らない2世3世が誕生します。被害を減らすためには、闇雲に捕獲するのではなく、そうした加害個体を効率よく捕獲することが重要です。
集落内では銃を使用できないこと、くくり罠は技術を要することなどを踏まえると、被害対策のためには箱罠がいいでしょう。ただし、おいしい作物がある農地の横にただ設置するだけでは、怪しい捕獲オリには見向きもしません。環境管理と周辺の環境管理を徹底し、空腹の状態をつくることで、オリへの誘因がしやすくなります。総合対策が大切なのです。
教えてくれた人
江口祐輔さん
農研機構 西日本農業研究センター 畜産・鳥獣害研究領域 主席研究員。麻布大学大学院客員教授。野生動物・家畜・動物園動物・伴侶動物を対象に、行動や心理を長年にわたって研究。野生動物による農作物被害の対策技術を動物の行動・心理を明らかにしながら開発している。
文:曽田夕紀子(株式会社ミゲル)
AGRI JOURNAL vol.15(2020年春号)より転載