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農業の成長産業化戦略の限界打破。そのためにすべきことは何か

アフターコロナの農業と将来のJAの在り方について、幅広な視点からの問題意識・解決すべき課題を中央大学教授の杉浦宣彦氏に聞く連載。緊急自体宣言下で視察した中に見た「頼られるJA」になるための課題とは?

日本農業における
大規模化の限界

コロナ禍2年目の中、見えてきた農業を取り囲む環境と農業IoT化をめぐる状況の変化を振り返りながら、農業の成長化戦略のために意識しておくべきことを検討してみたいと思います。
 
この過去10年、わが国の農業政策では、農業法人化による大規模化が謳われてきました。決して政策的に誤りではなかった証拠に、農業総生産額や生産農業所得などに一時的ではあるものの、一定の伸びが見られたことがあります。しかし、耕作放棄地は相変わらず増え続け、生産者の高齢化に象徴されるように、生産基盤の脆弱化には歯止めがかかっていない状況です。

欧州の農業を例に見てみましょう。離農=地域からの人がいなくなることは、それが社会インフラの崩壊=学校や病院施設がなくなることにつながるため、大規模農家が増えても、その農家自身が暮らしていけない状況が生まれるという認識があります。なので、農業からの収益を維持できる補償制度や、それぞれの地域で農業以外での産業による雇用創出を作りだす努力が政府や地方自治体によりなされる場合が多いのです。

わが国の場合、地域での離農や人口流出のスピード感と農業の大規模化に何ら結びつきがないため、インフラなど地域社会の維持を考えたとき、大規模農家や農業法人に過度な負担がかかる状況になっています。

また、単なる大規模化だけではうまくいかないということは、本年3月の「食料・農業・農村基本計画」のなかでも示されています。中小や家族経営などの多様な担い手が「地域社会の維持」で重要な役割を担っていると評価しながらも、産業政策・地域政策両面からの支援をするとあり、大規模化政策だけでは限界にきていることを農水省自身も自覚しているようにも読み取れます。

いくら農業のIT化などで効率化を進めるといっても、耕作農地の規模を拡大する話は、即、一定の数の農業への関わりを持つ(パ―トでもいいので、ある程度持つことができる)地域人口の維持なくして実現できず、これまで長く人口流失が続いた地域では、欧州のようには簡単にならないと考えられます。



新たな担い手の確保
「副業」としての農業

その一方で、コロナ禍で人の動きや働き方が変わっていくことで、状況の変化が生まれてくることも期待できるように思います。

人の動きという部分では、昨年7月から、東京では転出超過が続いています。東京から比較的近い地方都市や農村部への移住や、都市と地方の農村双方に拠点を持つ2地域居住を行う人も増えてきており、地方の人口減少に一定の歯止めがかかる可能性が出てきています。

これとは別に、職種を超えた労働力の融通もこのコロナ禍では進んできています。既に多くの企業で「副業」を認めるようになっており、リモート勤務の拡大とともに、「副業」がしやすい環境ができています。

個々の働き方が変わってくる中、「副業」が減ることは考えにくく、様々ある副業の中で農業を選ぶ人もいるように思います。実際、本年からJAグループ北海道で他の仕事と平行して農業も営む兼業スタイル「パラレルワーカー」の提唱が始まっています。

これらの動きがそのまま、就農人口の増加に直結するかはわかりませんが、もともと各地域で各人一人一人が、多様な役割を果たす状況への回帰でもあります。前述した中小や家族経営の農家にとって、労働力の側面からも貴重なサポーターになり得る可能性があり、各JAと地方公共団体が手を組んで、地域活性化計画の中に「副業」としての農業推進を進める施策を検討していくべきです。

農業のloT導入
あるべき方向性とは

 
また、わが国でも「スマート農業」という言葉に象徴されるように、農業用IoTの活用が政策的にも進められています。

同様な動きはグローバルにも展開しており、農業IoTの市場規模がここ数年、毎年10%程度成長していること、2016年には181億米ドルにまで達するという予測が今年7月のグローバルインフォメーション社のレポートからも出されています。

しかし、わが国でのスマート農業の話は農業生産技術の革新を進めていくという方向では技術開発の成果が着実に出ているように思いますが、そこで開発された先端技術が、現場へ次々に導入されているかというと、現状あまり進んでいないように思います。

実際、わが国に限らず、欧米や新興国も含め、農業向けIoTツールなどは価格が高く、初期投資が高いことが指摘されています。特に規模が限定的なわが国の農業では、コストの回収が長くかかることに加え、ドローンの操縦に象徴されるように、個別の農家がそれぞれ先端的なデバイスを扱うための技術を会得する期間や技術者の雇用が必要となります。ある農家の言葉を借りれば、「頭が良い人のためのお金がかかる農業」というイメージが広がってきていることが懸念されます。

まず生産管理や資材購入、農産物を売るときの決済などの部分で、紙を媒介してやり取りが行われていた各JAと正組合員である農家部分を電子化するなどのやり取りや作業をタブレット端末やスマートフォンのアプリなどでできるように改良することなど、多額の費用がかからない、もっと各農家やJA職員などが直感的に「便利になった」「効率がよくなった」と感じる領域からIoT導入の推進を図り、「慣れてもらう」ことを進めていく必要があるでしょう。

各ITベンダーも、現場を知り、育てる観点で農業IoT技術の進展を考えていくことが大きな市場を育てていくという認識をとるべきです。すぐには大きな利益にはつながらないものの、こういった営業戦略への転換を進めてほしいと思います。



PROFILE

中央大学大学院戦略経営研究科(ビジネススクール)教授

杉浦宣彦


現在、福島などで、農業の6次産業化を進めるために金融機関や現地中小企業、さらにはJAとの連携などの可能性について調査、企業に対しての助言なども行っている。

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