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生産者の取組み

成功する農業後継「失敗を経験に、さらなる強みへ」

農業の高齢者問題と後継者不足が課題となる今、菊ばり農園では父の背中を見て育った息子が後を継ぎ、さらに事業を拡大・発展させている。親子2代でどのように菊栽培を成功させたのだろうか? 農家の事業承継のヒントが、きっと見つかる。

就農のきっかけは
中学生の時に見た「天皇杯」

藤島幹大(ふじしまみきひろ)さんが中学生のとき、父・和雄(かずお)さんが若い頃研修させてもらっていた八女の菊農家を訪れたことがある。そこには農林水産祭天皇杯が飾られ、美しく輝いていた。

天皇杯を見たとき、幹大さんは、『こんな光栄な立場になれる農業はすばらしい。自分もそういう立場を目指してみたい』と感じた。

このことが、幹大さんが花卉農家になろうと思うきっかけになった。幹大さんが、学校を卒業した後も一生懸命仕事に取り組んできたのは、八女の菊農家の方に少しでも近づきたかったからだ。

農林水産大臣賞を目指し
20歳で農業の道へ

農林水産祭天皇杯は、優れたプロの農家が栄誉にあずかる雲の上の賞だ。若手の幹大さんが、いきなりこの賞を獲得するのは簡単なことではない。そこで幹大さんは、若手でも評価してもらえる可能性がある農林水産大臣賞をめざすことに決めた。

農林水産大臣賞は天皇杯の登竜門ともいわれ、若い間になんとしても手にしたいものだった。幹大さんは熊本県立農業高校を卒業後、国立野菜茶業試験所の花卉コースでカーネーション栽培を2年間学び、試験所修了と同時に実家の菊農家を継いで就農した。

祖父母の苦労を経た父の菊栽培を
事業の土台に

藤島家は、祖父母の代に現在の天草市に移り住んだ。祖父は非農家で所有する土地が無く、50aの露地の畑を借りて野菜栽培をはじめた。当時の天草地域は九州本土との間に橋がなく、野菜を船で運んで出荷していたため、苦労も多かった。

そこで父・和雄さんの代で、菊栽培に切り替えるため、簡単なパイプハウスを少しずつ建てた。当時天草市には菊農家がいなかったので、和雄さんは海をこえ、福岡県八女市の菊農家に研修に行き、菊作りを学んだ。そこでの先輩の指導の元、地域で初となる菊栽培を開始させた。

和雄さんが経営を行う頃、天草五橋が開通してはいたものの、まだ収穫したものを船で運んで熊本の市場に出荷していたため、苦労は絶えなかった。

さらに天草は離島で水が少なく、農作物が栽培できる良い場所は限られている。このような厳しい環境での和雄さんの菊栽培への挑戦が、今の事業拡大につながっている。

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