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「戦後農政史の大転換」 小田切徳美・明治大学教授に聞く“半農半X”の未来

農業従事者の減少、高齢化が止まらない。農林水産省は若者の田園回帰の流れを受け、昨年4月に「新しい農村政策のあり方に関する検討会」を設置し、農業と他の仕事をする「半農半X」の本格調査を開始した。同検討会座長の小田切教授に話を聞いた。

戦後農政史の大きな転換に

政府は昨年3月、農政の今後10年程度先までの中長期ビジョン「食料・農業・農村基本計画」を閣議決定し、2030年までに食料自給率をカロリーベースで37%(2018年)から45%に、生産額ベースで66%(2018年)から75%に、また、農林水産物・食品の輸出額を5兆円まで伸ばすなどの数字目標を掲げた。ただ、その心意気とは他所に、現場の状況は脆弱極まりない。

農林行政の調査書「農業センサス」(2020年・農林水産省)によれば、主な仕事が農業である基幹的農業従事者は間5年で約40万人減少し、基幹的農業従事者の約7割が65歳以上という状況だ。滋賀県の面積とほぼ同じの約40万ヘクタールまで耕作放棄地が拡大するなど、農業者の減少と高齢化が影を指す。

国内農業の生産基盤の強化が不可欠な中、今回の計画で加えられた一つが、農業と他の仕事を組み合わせた働き方である「半農半X」やデュアルライフ(二地域居住)で田園回帰を目指す人などを含めた、多様な人材の活用だ。「新しい農村政策のあり方に関する検討会」座長で、明治大学の小田切徳美教授(農政学・農村政策論、地域ガバナンス論)はこう語気を強めた。

「日本の農政は戦後一貫として、専業農家の育成を中心に施策を講じ、兼業農家を減らす方針でした。それが、農水省が自ら指揮をとり、半農半Xの本格調査を始めるなど、戦後農政史の大きな転換点と言えます



「半農半X」農業所得の
約7割は100万円未満

折しも、新型コロナ感染拡大の影響で「低密」な地方への関心が高まっている。高額な初期投資など新規就農のハードルは高いが、半農半Xに興味を持つ若者は多いのだろう。しかし、小田切教授は現在の人の動きを「緊急避難」と位置付ける。

「東京都の人口が5か月連続で転出超過(2020年11月末時点)になるなど、東京一極集中の流れは解消されているかに見えますが、テレワークなどの働き方の変化による東京近郊の地方都市への緊急避難で、必ずしも田園回帰の動きにはつながっていない。

東日本大震災のときにも、直後に緊急避難的に動いた人がいたが、その後の定住にはつながっていません。現在はコロナの影響で首都圏の居住者が地方に行くことははばかれる時期。移住となれば現地を見るなど、周到な計画が必要です。ワクチン開発なども進むなか、移住が本格化するのはまだ先でしょう」

ただ、低密な地方への移住熱が高まる中、それを取り組みたい思いが政府にもあるだろう。そのためにも「半農半X」というライフスタイルを示し、農業の担い手として田園回帰を促す必要がある。総務省の調査(第2回「田園回帰」に関する調査研究会資料)によれば、農村への移住の条件は「生活が維持できる仕事(収入)があること」が28.8%とトップだ。

実態はどうなのか。農林水産省は、昨年7月29日から8月24日にかけ、農業を含むマルチワークの実践者を対象としたWEBアンケート「農業と様々な仕事を組み合わせた暮らしについてのアンケート調査」(以下、アンケート調査)を実施し、145件の回答を得ている。

結果は、農業所得は100万円未満が全体の約7割を占めた。また、「農業以外の仕事のうち、最も所得の多い仕事の年間所得」は300万円未満が53.8%と過半を超えた。


「農業と様々な仕事を組み合わせた暮らしについてのアンケート調査」(農林水産省) をもとに編集部作成

母数も少なく、農林水産省のWebサイトに掲載したアンケートからの回答であり、実態を正確に現わしているとは言えないが、小田切教授はこう話す。

「夫婦で300万円程度稼げるとなれば、具体的に検討を始める人も出てくるでしょう。ただ、300万円では夫婦二人ではやっていけても、子どもの教育費を考えると十分な額ではありません。農を増やすか、Xを増やすかは人それぞれですが、農村資源を生かした農業民宿の経営や農業体験の提供などで農業に関心のある人を巻きこみ、田園回帰を促したい



田園回帰促進の前に
地方との分断解消を

目下、全国の新型コロナウィルスの新規陽性者数は過去最多を更新し、また改めて首都圏への緊急事態宣言も発令された。農業の生産基盤の強化に向け、田園回帰を促すにも、まずは地方との分断を解決していく必要があると小田切教授は話す。

「現状、都市と農村の関係がぎくしゃくしてしまっています。地方圏の帰省者や県外ナンバーへの嫌がらせなども報じられています。首都圏からの新規就農者の受け入れでも、そうした対立が起こらないとは限りません。たとえば、新潟県の燕市は『君が育った燕市は、今も、君たちを応援している』というメッセージと共に、同市出身の学生にコシヒカリとマスクを送った。こうした対立をなくす取り組みが必要になってくるでしょう」

新しい農村政策のあり方に関する検討会では、今年3月までに半農半Xの実現・支援に向けた検討結果をまとめていく予定だ。担い手不足の解消の目玉となる可能性を秘めた半農半Xの行方を今後も見守りたい。

取材協力

明治大学農学部 教授

小田切徳美氏


1959年生まれ、東京大学農学部卒業、同大学院博士課程単位取得満期退学。農学博士。日本学術振興会特別研究員兼東京大学農学部農業経済学科助手、高崎経済大学経済学部経済学科助教授、東京大学大学院助教授等を経て、2006年より現職。専門は、地域ガバナンス論、農山村再生論。主な著書に『農山村再生』(岩波書店)『農山村再生に挑む』(同)『農山村は消滅しない』(同)など多数。


取材・文:澤田晃宏(Twitter:@sawadaa078)

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